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電波王 アントナン・アルトー

1 :あるとん:02/06/14 22:26
ニーチェもヘルダーリンも甘過ぎるぜ


2 :2:02/06/14 22:27
とりあえず2げっと

3 :あるとん:02/06/14 22:33
丹生谷がよく引用するアルトーの詩


追伸。
俺の名はアントナン・アルトー
そう言えるのだから、言ってやろう
そう名乗る時
俺の体は無数の周知の面を見せながら
砕け散る
そしてお前はもはや二度と俺のことを
忘れることが出来なくなるだろう


4 :考える名無しさん:02/06/15 15:47
age


5 :kuu:02/06/15 15:50
俺の名はルピン賛成。
在るセーヌ・ルパンの孫だ。
不二子ちゃ〜ん!
そう言えるのだから、言ってやろう

6 :300000000000000000000000000000000:02/06/15 18:50
電波にマジレスは禁止


7 :吾輩は名無しである:02/06/17 12:15
アルトー研究してますage。

ってアルトー読んでる人っていないのか?

8 :弁証法的理性批判放棄&rlo;  ◆k7C9xZJk :02/06/17 12:19
ヘリオガバルスとゴッホは読んだ。

9 :吾輩は名無しである:02/06/17 12:28
>6の名前欄で「どろどろ血」と「さらさら血」を判別してみたいと思います。

10 :あるとん:02/06/17 12:34
真の電波系バイブルは 「ロデーズからの手紙」なり

あまりに読まれなさすGI

器官なき身体ばっかじゃいや


11 :吾輩は名無しである:02/06/17 14:12
>>7
日本在住かい?


12 :吾輩は名無しである:02/06/17 14:22
言っておくが、霊感は存在する・・・!


13 :4000000000000000000000000000000000000000000000000000000000:02/06/17 14:50
マジレスはホント ヤメテ ギャーー


14 :吾輩は名無しである:02/06/17 16:30
演劇とその形而上学わけワカメ

15 :吾輩は名無しである:02/06/17 16:49
改訳は「演劇とその分身」

原題 Le theatre et son double

電波なんだから、いいじゃん


16 :吾輩は名無しである:02/06/17 18:56
7は、ダレダ?

宇野邦一か、坂原真理か、鈴木創士か、だれなんだー



17 :吾輩は名無しである:02/06/17 19:05
How to make myself 電波 with Artaud


18 :吾輩は名無しである:02/06/18 01:18
7はきっと(自粛

ところでアルトーの出した葉書の文面はキタ。

「おれは貴様に呪いを投げかける」

19 :吾輩は名無しである:02/06/18 02:37
7=18
おしえろー

20 :吾輩は名無しである:02/06/18 02:40
7はフランス在住?

21 :吾輩は名無しである :02/06/18 03:05
「演劇とその分身」が代表作だと思い、それだけ読んだ。

22 :吾輩は名無しである:02/06/18 03:39
ソンタグ「土星の徴しの下に」はアルトー論「アルトーへの道」を収める。
その一節――

> 「フィネガンズ・ウェイク」の意味不明の部分は、努力しだいで解読できるし、現に
>解読されることを待っている。アルトーの晩年の著作の意味不明の部分は晦渋な
>ままにとどまるものとして――音として直接に把握されるべきものとして、そこに
>置かれているのである。

それってやはりスレタイどおりってことですか?

23 :吾輩は名無しである:02/06/18 03:39
「ロデーズからの手紙」が電波として最高だっていってんじゃん


24 :7:02/06/18 03:48
>>11, 20
もしかして身元ばれてる?

25 :吾輩は名無しである:02/06/18 03:49
ガタリ「ジョイスのエクリチュールにも同様に分裂的意欲を感ずることはできるけれとせも、
    それはまさに意欲であり仕事であり研究「フィネガんズ・ウェイク」は実に洗練されたエクリチュールなのだ
    しかしアルトーの場合、そのエクリチュールの負荷は、突如として正常な世界や文学における様々な意味の座標を横断し、
    言表行為のプロセスそのものに作用する。アルトーはこれから長い間、モデルとしてでわなく
    真の驚くべき地平を私たちに示し続けるだろう。」


26 :吾輩は名無しである:02/06/18 03:50
アルトーのスレがここにアルトー

27 :吾輩は名無しである:02/06/18 04:08
如何にしてわれは電波となりしか

月報第三号の鈴木光司のアルトー評 なんで こいつこんなバカなの
鈴木なんかにかかセンナよ
 

28 :吾輩は名無しである:02/06/18 21:11
アルトー=鎌田説浮上


29 :7:02/06/19 08:12
たぶんアルトーが電波だというのは、
晩年の出版されたテクストについて言っていることが多いのだと思います。
神の裁きとか、84所収のテクストとか。
要するにロデス以降と言うことでしょう。
ロデス以降のテクストで比較的入手が容易な数少ないものが
ロデスの手紙でしょうから、それが最強というのもちょっとわかる。

でもその中でも晩年のノートはかなり異質だと思うんです。
なんというか…、電波の質が違うというか。
出版物や手紙だと、結構昔のチェッカーズみたいに、
さわる者みな傷つけていた感じがあるんですが、
ノートだと、少なくとも敵を想定していない感じがするんですよね。
もっと静かに電波というか…、静かにスカトロジックという感じです。



30 :あるとん:02/06/19 09:11
>29=7
たいへん勉強になりました スレつくってよかった

アルトー全部翻訳してちょ


31 :吾輩は名無しである:02/06/20 00:23
>>10
バイブルなのか、ということで、書棚の奥から引っぱり出したよ、
白水社著作集版「ロデ−ズからの手紙」。


すげえ。

32 :吾輩は名無しである:02/06/20 00:26
最初の、阿片とヘロインくれくれ手紙でノックアウト。
つーか、こんな手紙もらったほうはどう反応するんだ?
むしろ受け取った側の反応が知りたい。
(私は受け取りたくないなあ・・・)


33 :吾輩は名無しである:02/06/20 01:27
フェリックス・ガタリ

「アルトーはただの一度も裏切ることのなかった書き手だ。
ロートレアモンをとってみても、「マルドロールの歌」は確
かにすばらしいものだが、「ポエジー」には一種の裏切りが
見られる。あそこで彼のやった演技はあまりほめられたもの
ではない。ランボーのように裏切らなかった書き手、存在的
な下降によって手に入れたものを市場で取引しなかった書き
手はそんなにいるものではない。」



34 :7:02/06/20 02:06
>>32

翻訳を持ってないんで誰への手紙かわかりませんが、
ラトレモリエール、あるいはフェルディエールだったら、
当時収容されていた精神病院の関係者なので、
阿片をくれと言うことは、彼自身に施されていた治療に対する批判である可能性はあります。
まあ、実際、ここでの治療はひどかったということはよく言われていて、
この精神病院の責任者だったフェルディエールは後にある雑誌で言い訳しています。
一言で言えば、電気ショックしまくりなんですね。
たしか、一般的に電気ショックというのは二十回ぐらいやると死んでしまうらしいということを聞いたことがあるんですが、
アルトーはこのロデスで五十回以上(正確な回数は、二つ説があって、
五十二回、というのと五十八回というのがあります)
電気ショックを受けて、歯を全部失っています。

(だからというわけではないでしょうが、
アルトーはネルヴァルのles Chimeresという詩集にはいっている
Anterosという詩にとてもこだわっています。
ドラゴンの歯がどうたらこうたらとかいうやつです。
たしか、『ロデスからの手紙』所収のジョルジュ・ル・ブルトンに宛てた手紙の中で、
この詩について論じています。)

電気ショックそのものがかなりきつかったのはたしかですが、
アルトーは電気ショックが基礎としている医学的な考え方に根本的に反対でした。
要するに、痛みというのはなくなりうると考えているんですね。
それに対してアルトーは、痛みは決して消去しえない、
なぜならばそれは私自身だからだ、といいます。

したがって、阿片を要求するということは、
痛みの緩和を要求することであって、
痛みの根本的な根絶をある意味で否定することでもありました。

しかし、「最初の方の手紙」ということは、
おそらく43年ぐらいの手紙だと思います。
ここら辺の時期は非常に微妙で、
カトリックの信仰を持っているんですね。
後に、具体的には45年の四月一日にはあらゆる信仰を捨てて、
あとで振り返って「あのときの信仰は間違ってた」とかいうんですが、
そのせいか表現がそれ以降とかなり違います。

たとえば、43年二月十五日のラトレモリエールへの手紙では、
Pour me guerir du Mal il me faut de l'opium...
つまり悪とか病から私を癒すためには、阿片が必要だとかいっているんですが、
このような表現は信仰を破棄して後はあまりしなかったと思います。

しかしいずれにしても、
病や苦痛の治癒不可能性という考え方は、収容所に監禁されるずっと以前から持っていて、
たとえば30年代の初頭にはホメオパシー(同種療法)に対して関心を示し、
その観点からそれ以外の西洋医学をアロパシー(異種療法)として批判します。

というわけで、そんなにむやみに電波というわけではなく、
意外と理由があったりしているみたいです。

35 :吾輩は名無しである:02/06/20 02:20
アルトー=電波=散文=鎌田


36 :吾輩は名無しである:02/06/20 09:41
私はいずれの一秒をも
みずからに区別することを禁ずる
私は精神に局面を認めない・・・

37 :吾輩は名無しである:02/06/20 10:29
7がんがれ

宇野邦一のアルトー本はどう?
フランスでの最近の研究動向は?

38 :吾輩は名無しである :02/06/20 10:48
久しぶりに、普通に勉強になるスレだなぁ。
ROMさせていただきます。

39 :7:02/06/20 16:30
>>37

がんばります。

正直言って、アルトー研究はデリダ一人に振り回されているという感じがあります。
一番はじめはもちろん『エクリチュールと差異』ですが、
そこではブランショを批判しつつ、まあ一言でいえば
「身体は常に誰かによって奪われている」ということをいったんですが、
おそらくいまだにこの言説から抜けていないのではないでしょうか。
リヴィエールとの往復書簡でいわれていた思考の不能性に言語の問題が加わると、
必ずデリダになるという事態があると思います。
宇野の本の最初はたしか思考の不可能性の問題についてだったと思いますが、
やはりデリダ的な思考の影響を抜けてはいないと思います。

したがって「器官なき身体」というものを語るとき、
だいたいがこのparole souffleeあるいはvol du corpsに対するある種の解決として
捉えてしまうということがあると思います。
もっと言えば一つの救済であると。
それが正しいのかどうかは私には判断できませんが。

しかし最近デリダの新刊(Artaud, le Moma)がでて、
そんなのドグマだとか言っているんですね。
お前がドグマを作ったんじゃないか、と突っ込みたくなるんですが、
彼が言いたいのは、アルトーには、正確に言えばあらゆる作家や思想家には、
ドグマに還元できてしまう部分と、そうでない部分がある、ということらしいです。
簡単に言えば、「身体は常に誰かによって奪われている、
したがってそれに抗わなければ『いけない』」と、
この「いけない」の部分がドグマということでしょう。
だから、デリダ曰く、アルトーにおいて興味深いのは、
エクリチュールの空間化の実践である、らしいです。
そしてこれはマラルメがやったようなこととは全く関係ないらしいです。
アルトーの試みは、マラルメのaeration de la pageとは全く関係ない、
puissances d'espacement dans ce qu'on ecritであると。

(つづく)

40 :7:02/06/20 16:31
(つづき)

必然的に、デリダが『エクリチュールと差異』とりわけparole souffleeの章で扱ったような問題は放棄せざるをえないわけです。
しまいには、parole souffleeではブランショを本質主義として、
つまり、アルトーをある本質を表現する一つの例として扱ったことを激しく批判しながら、
いまや、デリダ自身「アルトーはこのドグマに対する一つの例にすぎない」と言ってはばかりません。
もうむちゃくちゃです。

私に言わせれば、「ドグマに還元できる部分と還元できない部分」の区別なんてそもそも存在しません。
もし存在できるとするならば、それはデリダがそう思っているだけです。

…まあデリダについてはいいとして、
そういうことがあるせいか、
最近の研究はやはり絵の分析というのが多いと思います。
このスレでもちょっと言われていましたが、
絵を描いた紙を燃やして「のろい」とか言ったり、
まあ、わけわからないものばっかりです。

いずれにしても、日本でもフランスでも、
アルトー研究にかんしては、ほとんど進んでない感じがします。
まあ、ノートも全部出版されてなかったりするので、
しょうがないとは思いますが。
伝記的な部分ではいくぶん進展はあるのかも知れませんが。
最近では、アルトーがいた精神病院の看護士が、
いままで結構明らかになってなかった37年以降の監禁生活について書いていて、
結構参考になります。

ところで、
http://mentai.2ch.net/book/kako/961/961516095.html
このスレの18のひとが2000年の時点で卒論を準備中ということで、
もしここを読んでいたら、なんかレスください!

>>38
romなんて言わずにどんどん書き込んでください。


41 :吾輩は名無しである:02/06/20 16:57
>7
おもしろすぎっ

さらに加速せよ


42 :吾輩は名無しである:02/06/20 17:21
どうでもいいことかもしれないけど
すごくハンサムだよね。

43 :吾輩は名無しである:02/06/20 17:51
宇野邦一もかっこいい(50才とはおもえない)。
アルトーを論じるなら外見もよくなくちゃ


44 :a 7:02/06/20 18:05
たぶん俺の知り合いだ…
がんがれ

45 :吾輩は名無しである:02/06/20 18:18
ブランショに続き、アルトーのスレが立ってますね♪
わたしも数年前に、白水社の著作集を購入して読んだ記憶があります。
その頃は、渋沢龍彦経由でアルトーを知ったのかな?

46 :吾輩は名無しである:02/06/20 18:22
マンク翻案版が気に入った
アレを訳すのは無理か

47 :吾輩は名無しである:02/06/20 18:27
んなわけはない・・・・器官なき身体からかな?
今、久しぶりに著作集を引っ張り出してきたが一冊足りない・・・


48 :46:02/06/20 18:41
もちろん日本の出版事情的にって意味ね。
フランス人の英米解釈の歪みが好きなんだが、
和訳だとどう現れるのか。


49 :吾輩は名無しである:02/06/20 18:41
僕はアインシュツルツェンデ・ノイバウテン経由で知ったよ。むちゃくちゃなつかしーな。
高校生のときだよ。はあ・・・。

50 :吾輩は名無しである:02/06/20 18:44
崩壊する新建築

思考の不能


51 :吾輩は名無しである :02/06/20 18:59
半分人間

52 :吾輩は名無しである:02/06/20 19:00
当時高校生の僕は、バイトでお金を貯めて本ばっかり買っていました。
地下室の本棚には,アルトーやブランショ、クロソフスキーなどなど。
懐かしいです。
アルトーなんて趣味で読書する人には"毒"ですよね・・・

53 :吾輩は名無しである:02/06/20 19:16
晩年のポール・テヴナンとのべったり振りが謎

54 :7:02/06/20 19:20
>>44

ん? 誰?
じゃあ、メールでもください。

私が立てたスレじゃないですが、
なんか質問あったらしてください。
アルトー関係なら答えられるかも。
あと反論なども。

55 :吾輩は名無しである:02/06/20 19:23
>>54
わりい。アド忘れたがたぶん勉強会で顔を合わせていたはず。

アルトーはシェークスピアをどう見ていたのか?
演劇人なら踏み絵となるはず

56 :7:02/06/20 19:26
>>55

いやだからメール欄…

57 :吾輩は名無しである:02/06/20 22:32
7は、ちゃんとデリダ相対化できてるけど
日本のデリディアンって絶対こんなあっさりかけないよな


58 :吾輩は名無しである:02/06/20 22:52
私はペヨトル判「神の裁きと...」カセットテープ付
をもっている。ウラヤマスィ?ホスィ?

59 :0000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000:02/06/21 00:12
リヴィさんへ
どうぞ載せておくなまし。たのむよ。
アントより

60 :吾輩は名無しである:02/06/21 00:24
>>7
じゃ、質問します。
アルトー研究におけるドゥルーズ(とガタリ)のインパクト
ってどうなんですか? デリダほどには強くないの?

61 :7じゃないけど:02/06/21 00:33
ドゥルーズとガタリのインパクトは、
「器官なき身体」を存在論や社会哲学の基礎に据えたことだろう。
そしてデリダはドゥルーズのそうした態度について「神話」と断じていた。

どこかで誰かが、
ドゥルーズの論考がアルトーの遺稿管理人に嫌われたと書いてもあった。

ドゥルーズがテクストを重んじないという印象が文学研究者に共有されている以上、
研究に刺激を与えつつも直接インパクトを与えないのだと思うよ

62 :60:02/06/21 02:16
>>61
デリダがドゥルーズのアルトー観を明示的に批判してるんですか?
もしそうならどこで? 上記のARTAUD LE MOMAでかな?
(ちなみにこれ、MOMAでのアルトー展に際しての講演なんですね。
アルトーが自分をMOMOとあだ名してたこととかけているらしい。)

テヴナンがドゥルーズを批判してるっていうのは、みすずから
出てた『アルトー/デリダ デッサンと肖像』のしおりで渡辺
守章が書いてたのを読んだ記憶があります。デリダがブランショを
本質主義として批判しているのと同じやり方で、要するにドゥルーズ
は、アルトーを分裂症的なもののひとつの例として扱っているに
すぎないっていうわけですね。渡辺さんは続けて、彼が個人的に
テヴナンと談話した際に、彼女がデリダの論を高く評価し、唯一
価値のあるアルトー論だと言っていたという逸話を紹介していた
はず。

63 :吾輩は名無しである:02/06/21 03:03
>>62
批評空間かなんかに載っていたインタヴュー。
そしてデリダ派がドゥルーズを煽るパターンは皆一緒。
テクスト読解の仕方が脱構築以前だというもの。
でもどうなんですかね?
ドゥルーズが本質主義なのは当然だし、
トリヴィアルな問題だと思います。

64 :吾輩は名無しである:02/06/21 03:56
>>63
ありがとう。インタヴューか。見つかったら読んでみます。
ドゥルーズの本って、それ自体が文学的に読まれる一方で
(また哲学書として正当に遇される一方で)、文学研究に
おいて直接参照されることはあまりないような。プルースト
研究者たちがドゥルーズ以後、作家を分裂症の徴のもとに
置き始めたという話も聞かないし。
アルトーについても同様なんですかね。
ドゥルーズは、テクストがあまり重要だとは思わないって、
自ら断言してるからなあ(POURPARLERとかで)。

65 :7:02/06/21 14:17
なんかちょっとだけ盛り上がってるみたいで嬉しいです。

とりあえず質問二つ。
アルトーのシェークスピア評価
ドゥルーズのアルトー研究に対するインパクト

ですね。

まず最初の方ですが、シェークスピア云々言う前にまずヨーロッパの演劇理論におけるアルトーの位置づけを知っておいていいと思います。
一般的にどう受けとめられているかわかりませんが、
私はアルトーの演劇理論というのはそれほど異端ではないと思っています。
というか、王道だとすら思っています。

というのは、ヨーロッパ演劇の基本は、模倣主体と模倣対象の二重性、
端的に言えば模倣不可能性です。
うろ覚えですが、たしかロベルト・ヴァイマンという人は、ギリシャ語のミメーシスという概念自体にこのような二重性があるということを主張していたと思います。
そして理論としては、アリストテレス以来、この二重性をテクストと舞台上のある種の隔たりとして理解していたと思います。
アルトーが「空間が語る言語」というのを主張するとき、
私はこの二重性の伝統の中での言説だと解釈しました。
名作と訣別するということは、名作を否定することではなくて、
名作の心理主義的読解を否定することでした。
そしてこの心理主義的読解とは、まさに上で述べた二重性の否定に他なりません。

ちなみに、このテクストと空間の隔たりという考え方を何らかの形で否定したことがヨーロッパ演劇の理論の中で二回あったと考えています。
一つはフランス古典主義演劇においてであり、もうひとつはスタニスラフスキーです。
前者は単純にアリストテレスの誤読(ホラチウスとの同一視)のような気がしますが、
後者はかなりラディカルです。
テクストそのものを廃棄してしまうのです。
スタニスラフスキーをこのように解釈してしまうのは一般的ではないかも知れませんが、
少なくとも彼はテクストそのものが舞台上において行為を要請するというようには決して考えません。
彼にとってテクストはそれ自身何も語らず、その背後にある作者しか語らないのです。

アルトーは決してテクストを放棄しません。
実際どういっているにせよ、行為を要請するものとしてのテクスト廃棄することはあり得ないと思います。
この意味で寺山は単純にアルトーを誤読しています。
実はこの観点から日本の演劇を眺めると非常におもろいんですが、
スレ違いどころか板違いになるので、
もしご要望があればそれについて書きこみします。

というわけで、アルトーは結構普通にシェークスピアを評価します。
というか、エリザベス朝演劇は結構大好きでしょう。
フォードのAnnabellaについては「演劇とペスト」の中で語っていますし、
残酷演劇のレパートリーの一番はじめはシェークスピアの翻案で、
最後がエリザベス朝演劇ですから。
まあ、シェークスピアの演劇が一般的な意味で残酷だというのも、分からなくはないです。
『タイタス・アンドロニカス』なんて、ねえ。(例が極端だが)

とりあえず一つ目の質問はこんなもんでしょうか。

66 :7:02/06/21 14:18
というわけでふたつ目ですが、
まあデリダのドゥルーズ批判については私は全く興味がないし、
皆さんの方がご存じでしょうから、
ほかの方におまかせするとして、
アルトー研究についてということですが、
以前もいったようにアルトーの絵画研究というのがぼちぼちでてきたんですが、
そこでドゥルーズが参照されたのを見たことがあります。
要するにlogique de la sensationですね。
よく考えたら、「器官なき身体」という概念を実際に「使って」いるのはこの本ででしょう。
それに「叫び」とか「残酷」とかを概念化しているので、
非常にアルトーにはなじみやすいと思うのでしょう。
まあ、ベーコンの絵に関しては、身体がぐにゃっとしているだけじゃねーかという気もするんですが、
ドゥルーズはベーコンにおける顔の解体に器官なき身体を見ています。
まあ、アルトーの絵画をヴォーリンガーやリーグルを使って分析するのはどうかと思いますが。

ここら辺は私の苦手なジャンルなので、ここら辺で。


67 :999:02/06/21 14:21
すごい。こういうのがここらしい。

68 :吾輩は名無しである:02/06/21 21:12
無茶苦茶くだらない質問かもしれませんが
7さんは日本の作家で気になる人はいますか
アルトーっぽいひとで


69 :弁証法的理性批判放棄&rlo;  ◆k7C9xZJk :02/06/21 21:33
すげぇ良スレだよ。

70 :60:02/06/21 23:26
>>7
ありがとう、参考になりました。僕はドゥルーズについて質問したんだけど、
7さんの関心により近いらしい演劇話がこれまた刺激的でした。
日本の演劇に脱線してもいいんじゃないですか? 少なくとも僕は読んでみたい。

それと、僕はミメーシスの問題に興味があるのでRobert Weimannの説も参考に
してみたいんだけど、具体的になんて本で論じられてるんですか? 手間で
無ければ教えてください(無理ならいいです)。

71 :7:02/06/22 04:44
>>68

私はあまり本を読まないんで、
というか本を読むのが好きではないんで、
(というかもし文学研究があるとすれば、
文学が嫌いな人がするべきだと思うんですが)
あんまり気の利いたものは紹介できませんが、
もう亡くなってしまって、しかも「作家」と読んでいいのか分かりませんが、
土方巽はかなりよかったです。(『病める舞姫』『美貌の青空』とか)
舞踏の考え方からしてそうですが、
やはり行為の不可能性という問題があるんですね。

まあ最近は行為の不可能性とかって本当にアルトー的な問題系なのかって疑問に思ってはきていますが、
でも初めて土方を読んだときは、かなりアルトーの演劇のヴィジョンに近い気がしました。

>>69
ありがとうございます。
私は最近こちらにきたもので分からないのですが、
文学板には結構コテハンの方が多いんですよね。
もっとコテハンの方の意見も聞きたいです。
あるいはあんまり読まれてないのかな…。

72 :7:02/06/22 04:44
>>70
シェークスピアについては55の方の質問がありましたので。

まずロベルト・ヴァイマンのテクストですが、
『シェイクスピアと民衆演劇の伝統』というやつで、
たしかみすず書房からでていたと思います。

リクエストありがとうございます。
なかったらどうしようかと思ってしまいました。
日本の演劇についてですが、
まあ私は専門家ではないので、多分に妄想の部分もあるかも知れませんが、
そこら辺は適宜指摘して頂ければと思います。

まずスタニスラフスキーですが、以前も述べたように、
テクストを放棄しているような感じなんですね。
もし彼の考え方を自然主義と呼ぶことができるならば、
彼は少なくともテクストに「自然」があるとは考えてはいないわけで、
テクストの向こう側にそれがあると考えるわけです。
これはゾラの自然主義とも異なるでしょう。
おそらくゾラは、小説において実験をしているのであり、
その実験の原理が自然科学に基づくと考えているから自然主義です。
その意味ではテクストの固有性というか厚みというかを認識していました。
少なくともテクストの向こう側に何かあるとは考えていなかったような気がします。

うろ覚えですが、スタニスラフスキーの著作の中で、
稽古のシーンがあるんですが、
たしか『オセロ』の稽古で、ある俳優の演技を彼がダメ出しするんです。
そのときいうのが、「もっとシェークスピアの気持ちになって考えろ」とかだったと思います。
これって変じゃないですか?
普通「オセロの気持ちになって…」とかじゃないでしょうか。
まあそんな感じなわけです。

ところで、日本の新劇はスタニスラフスキーシステムを俳優要請に導入してるわけで、
このテクストの放棄というものを理論的にはあらかじめ含んで出発しているわけです。
(当時の理論家のテクストを読んでないので、想像なんですが…)
そうすると、寺山などの活動はなんだったのかということなんですね。
寺山は演劇にテクストはいらない、
もし必要だとすればそれは演劇が終わったあとのドキュメントとしてだけだ、とか言います。
つまりテクストを放棄している新劇に対して、テクストの放棄を訴えるわけです。
たぶん日本の演劇は、西洋演劇と出会ってからいままで、
一度も行為を要請し、行為の不可能性を喚起するものとしてのテクストは見出していないのだと思うんです。
(まあ、そんなテクストは存在しないという気もするので、
それはそれでいいと思うんですが。)

そういえばどっかのスレで長文しかかけない人はバカだと書いてあったけど…
やばいな。

73 :吾輩は名無しである:02/06/22 06:12
>>72
気にするな。
ますます知人にそっくりなキャラだ。
捨てアド取ったらメールするよ。たぶん。


アルトーは「テクスト」とそれが要請する距たりを
どう認識していたのだろうか?
おおざっぱでも引用もあると助かります。

74 :60:02/06/23 23:44
>>72=7
どうも、ありがとうございます。ヴァイマンのは、みすずの翻訳をとりあえず
見てみることにします。
で、演劇についての議論ですが、興味深い論点がいくつもあって、展開
するとほんとに面白いんじゃないかと思いますね。刺激になりました。
いくつか。
 1 スタニスラフスキーにおいては、たとえば「シェイクスピアの気持ち」
 というものが、書かれたものではないにしても一種のテクストとして
 存在しており、それが舞台上の行為を触発していると言うことはでき
 ないのか? (これはスレ違いですし、たんに感想として受け取って
 いただければそれでいいです。)
 2 1はどうあれ、アルトーに話を戻せば、彼はテクストについて
 どのように考えていたのか? というと漠然としすぎですが、例えば
 7さんがテクストの消滅の試みとみなすフランス古典主義演劇は、
 普通に考えるとむしろ徹底したテクスト主義なわけですよね?
 ロマン主義期の古典主義批判っていうのは、そうしたテクストの
 束縛からの解放の主張という側面をもっていた。アルトーの場合、
 ラシーヌやモリエールを批判し、シェイクスピアの側に付くという、
 そこだけ見るとロマン主義と同一の態度が、テクストの問題とどう
 結びついてくるのか、と。
 
 2番の質問は、まあ、73さんの質問の言い換えと思ってくださって
 結構です。つまり、面白い話をありがとう、次は73さんの質問に
 答えてくださいね、ということです(笑)。

75 :吾輩は名無しである:02/06/27 01:44
こんな優良スレは常時上げておくべきだ

76 :7:02/07/02 07:46
レスが遅れて申し訳ないです。
ちょっとたて込んでまして。

>>74
1 たしかに、「テクスト」というものをどの次元に設定するかによって恣意的になってしまうでしょう。
戯曲という意味で捉えるなら、コメディア・デラルテだって即興ですし。

 正確にいいますと、問題なのは、詩作における、あるいは行為に至るための二重性です。
たとえばアリストテレスでいえば、あの有名なホメロスの作品を数行で表現できるような普遍性から、
個別性への移行という詩作におけるある種の二重性の問題です。
ヴァイマンは模倣という概念における模倣対象と模倣主体の二重性をいいましたが、
アリストテレスにおいては、対象がすでに個別性と普遍性という形で二重化しているわけです。
(したがってここで二重化といっているのはかなり単純化しているわけで、
いまの私にはこれを厳密にいうこともできないので許してください)。
いずれにしてもここで現代のわれわれから見て疑問が湧くわけです。
つまり誰が模倣しているのか、と。
アリストテレスの『詩学』で模倣しているのはソポクレスなわけです。
俳優ではない。しかしスタニスラフスキーにおいては、
それは俳優でなければならなかったわけです。少なくとも寡読(こういう単語はあるのか?)な私には、
スタニスラフスキーは俳優中心主義に見えます。
そしてそれをテクストにおける模倣という概念を放棄することによってそうなっているという気がするんです。

(つづく)

77 :7:02/07/02 07:47
(つづき)
それに対してアルトーは、
この二重性をpassion から action へ至る行為へのプロセスとして捉えました。
そしてこの最初のpassionの部分を、
テクストが要請する模倣(正確にいえばその模倣自体が内包している模倣不可能性)に帰しているわけです。
だからアルトーにとって、テクストを放棄することは演劇を放棄することに他ならないわけです。
少なくとも『演劇とその分身』が書かれた時期ぐらいまでは。

簡単にいうと、スタニスラフスキー以前は、模倣といったとき、
テクストにおける表現のみが問題だったんです、たぶん。
しかし実際に演出するにあたって、テクストで完結してしまったら、
俳優としてどうしようもない。したがって、
スタニスラフスキーは模倣の問題を俳優の演技にまで延長するにはどうしたらいいかと考え、
テクストを放棄したように思えるのです。それに対して、アルトーは、
この「テクストか舞台上か」的なアポリアを解決したと考えられます。
つまり、テクストからはじまり実際の演技に至る過程として演劇を考えたわけです。
まあ、いま考えると当たり前なんですが、
ヨーロッパ演劇において演出家が何らかの意味をもってきたのがスタニスラフスキー以降だと考えると、
つまりそれ以前は詩学において演技が問題になっていなかったことを考えると、
まあ、それなりにアルトーの果たした意味はあるのではないでしょうか。

繰り返しますと、古典主義やスタニスラフスキーが放棄したのはその意味ではテクストではなくて、
本来模倣という概念に含まれているはずのある種の二重性だということです。
上に述べたように、そもそもこの両者において二重性の意味が違うわけですから、
本当は並べること自体ちょっとナンセンスなんですが、
まあこのぐらい単純化した方が私自身が概略を把握しやすいかな、と思ったので…。
したがって古典主義が徹底したテクスト主義だということはほとんど意味がなくて、
じゃあアリストテレスはテクスト主義じゃないのか、あるいはもっといえば、
ユゴーなども(演出という概念を欠いていた点において)そうではないのかとがんばれば言えてしまいます。
問題なのは、古典主義、私の知っている限りabbe d'aubignacなんかは(アリストテレスを手本にしているといっているにもかかわらず)アリストテレスがいう普遍性というものを完全に無視しているということです。

それと、アルトーのラシーヌやコルネイユの評価については、微妙です。
正確にいえば、この二人については「留保つきながら評価する」といっています。
しかし、次の二人の作家については私の知る限り、常に批判しています。つまり、
モリエールとベン・ジョンソンです。まあ、あんまり理由はいっていないんですが、
私が想像するに、上述の模倣不可能性というものにも関わっているのではないかと思います。
つまりこの二人は(一般的に)諷刺をしているわけですね。しかし、諷刺というのは、
模倣対象とその主体との一致が前提されなければ意味がないわけです。
たぶんアルトーにとって、諷刺というものは模倣の原理、
つまり演劇の原理に根本的に反するわけです。
だからこの二人に対しては留保なしに批判するのだと思います。
ちなみにこの模倣不可性impuissance imitatriceについては、
全集四巻(新しいほう)の222頁で言っています。これに対する感覚がなければ、
芸術なんて意味がないみたいなことをいっています。

まあ、そんなところでしょうか。

78 :吾輩は名無しである:02/07/02 12:41
k君がんがれ

79 :s:02/07/02 23:32
もっと一般的に、演劇の話をしたい。
僕の考えでは演劇のおもしろさは件の「二重性」、あるいはもっと広い意味で
複数性にあると思う。ずれ、つまり、ある一つの表面がそのままなぞ(られ)ると複数性を
醸成しだすところにある。
この場合、表面とは脚本であり、役者の動きとせりふ、です。
脚本は、テクストと作家とに分岐し(スタニフラスキーにおけるように)
役者の動きとせりふとは、それがおかれる舞台上の演出または時代背景とにより
風刺とも模倣ともなるのではないか。
逆に、風刺と模倣のいつもの明確な区分をあいまいにするのではないか。
私たちが見ていたものが、その実私たちがそこに期待していたものとは違うものになる、
観劇とはそうしたことではなかったか。
模倣の二重性というのは、だから、二元論の原理ではなく、あるいはこういったほうがいいか
世界をなにごとにつけ形相と物質(主体と対象、するものとされるもの)とに分けて理解することを旨とする、いつもながらの
説明手法がいかにいんちきなものかをあぶりだす複数性多義性の原理なのではないか。

>つまりこの二人は(一般的に)諷刺をしているわけですね。しかし、諷刺というのは、
>模倣対象とその主体との一致が前提されなければ意味がないわけです。

ここなのだが、すべての演劇は風刺になりうるし、すべての風刺は演劇になりうるとしたら同でしょう?
すべての模倣の原理、二重性の疎隔、ずれの、複数性の、現実性と潜在性との分かち難い炸裂の原理は
ある一点原点重合せる核(一致)を肯定し推し進めた極点にてひらかれるとしたら??





80 :吾輩は名無しである:02/07/03 00:23
今このレスが一番おもろい
ほかのレスってほとんど罵倒ばっかで。
スレタイがデンパ王ってなってるわりには書き込み史てる人はみんな大人ね


81 :吾輩は名無しである:02/07/03 00:35
ジャリに絡めて誰か論じてくれると嬉しい。
といってもユビュ王しか読んでないんだけど。

82 :7:02/07/04 09:07
>>78
誰だか分からない知人に見られてると思うとなんかやなので、
もう書き込みするのやめます。
誰か分かったらまたするかも知れないけど。

83 :78:02/07/04 17:52
>>82
なに言ってるの!
あんなに愛し合ったこともあったのに・・・

84 :60:02/07/05 06:05
>>7
たくさん書かせてしまって申し訳ないような。
いやはや勉強になりました。スタニスラフスキーは読まずにすませてたんです
が、アリストテレスとの原理的な違いについては、確かに検討の余地が大いに
ありそうですね。これ以上突っ込んだ質問をすると7さんに論文を一本書かせる
ことになりそうなのでもうやめますが、2ちゃんにあるまじき濃厚なレスを
ありがとうございます。研究がんばってください。

85 :吾輩は名無しである:02/07/16 00:15
良スレage

86 :吾輩は名無しである:02/07/29 23:07
アントン

87 :吾輩は名無しである:02/08/02 23:16
7帰ってきてくれ

88 :吾輩は名無しである:02/08/04 03:25
>>87
激しく同意・・・

89 :吾輩は名無しである:02/08/04 03:41
7と同時に彼に質問を繰り出せる人も必要だろ。彼に質問する
のにはかなりの知識がいるぞ。

でも基本的に87と88に同意。このスレほど知的好奇心を刺激
してくれたスレはほかにない。シェーン、かむば〜〜〜〜っく。

90 :吾輩は名無しである:02/08/04 07:33
ヅルーズのアルトーは
「ヅルーズのアルトー」でしかないよ!!!!!
(ヅルーズのニーチェ同様)

91 :Tango:02/08/05 01:18
バタイユが受け取って、誰かに貸したらそのままどこかへ行ってしまった
という書簡は、結局、行方知れずなんでしょーか?

92 :吾輩は名無しである:02/08/22 22:52
age

93 :吾輩は名無しである:02/08/23 11:08
やっと注文してたのが届いた!
スレ落ちてなかったので報告!

94 :吾輩は名無しである:02/09/04 03:53
  ,.,,,,.,,,,
 ミ・д・ミ <ほっしゅほしゅ
  "''''''"


95 :吾輩は名無しである:02/09/05 05:19
良スレあげ

96 :吾輩は名無しである:02/09/05 05:58


          ∩_∩  糞スレ乱立の罰として、引き回しの刑♪
         (・∀・ ) ≡≡≡3
      ⊇○⊆と  ) __ ≡≡≡3    ヒィー、助けてくれー!!
      ,ー//(⌒( ノニ二,ーヽ、 ̄'ヽ.,, (´⌒;;                 ,;(´(´⌒;"'
     ( (i(@ij)~ロ(_ノ国((=(@ij)≡≡(´⌒ー-、.,     ∧_∧,,,,,≡≡≡(´⌒;(´⌒;;"≡≡3
     ヽ.,_,.ノ,; .・ , ; ': ヽ.,_,.ノ,.;ツ (´;⌒(´⌒;;' ~ヽ⊂》(;;;);゚ρ`;);>>1;;;つ,.;ツ:(´(´⌒;;,'≡≡≡≡3
     ブロロロロロロ・・・    ゛ ' '"; '; ・        ゙゙゙'゛""゙゙゙''; (´⌒;,(´,(´⌒;;'"
                                ズザザザザザザザザザザザザザーーーーッ

97 :呪い:02/09/06 04:12
je te lance
une force de mort

98 :吾輩は名無しである:02/09/20 09:01
保全カキコ

99 :吾輩は名無しである:02/09/20 14:20
             わ        ,..-―-、          今
              |        /:::::::::::::::::l        2 だ
                 ∩  /::::::::::::::::::::|      ,、. 番. !
      -―-、        |⌒ヽ/::::::::::::::::::::::|    _/|ノ  ゲ
   /´Y    (´ヽ  ,、    l: : : i::::::::::::::::::::::::|-―'´: :丿   ッ
 ,、 _し' l     lヽJ/|ノ   \: |∧/l/|ノレ : : : :/    .ト
 Y: : `ー`ー-―'´一': : |     /: : : : : : : : : : ::i-‐'′    .や
  \: : : : : : : : : : : : /     /: : : : : : : : : : : |        |
   Y: : : : : : : : :r'´      /: : : : : : : : : : : :|
   /: : : : : : : : : :|       /: : : : : : : : : : : : |
  /:: : : : : : : : : ::|      / : : : : : : : : : : : : |
  /: : : : : : : : : : : |      /: ::_: : : : : : : : : :|
  `77ー--┬r一'       ̄/ / ̄`ー-┬r-'
  l'´)   ├|         l'´)     .|~|
  し'    (ニ⊃        し'      (ニ⊃




100 :異言で100!:02/09/21 02:38
york o belli
york o belli taferti

101 :は!:02/09/24 18:54
『ゴッホ』ちくま学芸文庫、
かなりイカれてて、良かった。狂人による狂人評論。

『神経の秤 瞑府の臍』現代思潮社
これが、私のベスト!。  ふるってる!
ロートレアモンなどより、ずっとイイ!!!

102 :吾輩は名無しである:02/10/05 18:02
7! 出てこい! 頼む!

103 :7:02/10/06 06:15
はい

104 :吾輩は名無しである:02/10/06 06:29
やっぱりちゃんと勉強している人のレスは違うねぇ・・・

105 :吾輩は名無しである:02/10/16 00:29
7よいずこ

106 :みみず書房(にょろにょろ):02/10/31 22:06
基底材踊り狂いアゲ

107 :Sophia:02/11/03 05:06
大学時代のフランス文学の授業では、バタイユと一緒くたにされて講義が進んでいた。

108 :吾輩は名無しである:02/11/03 19:14
7は在仏だよきっと

109 :吾輩は名無しである:02/11/03 22:36
アルトー好きって、他にどんなの読むんでしょう?
アルトー繋がりで読むものとかってあるのかな。

110 :吾輩は名無しである:02/11/03 22:58
アルフレッド・ジャリ

111 :文学フリマ:02/11/03 23:00
ジャリズムの渋谷でチュッ!@テレ東は好きやったよ。

112 :吾輩は名無しである:02/11/03 23:11
>>109
つか、好きな作家を掘り下げていったらアルトーに行き着いた、
ってのが多いと思う。

113 :吾輩は名無しである:02/11/18 08:20
>>111
ジャリズムはもう解散して、それぞれピンで活躍しているみたい。
渡辺は放送作家になったみたいで、天才的なボケが直接聞けなくなったのは淋しいっす。

114 :吾輩は名無しである:02/11/18 23:21
うーむ、7が書き込むことで合意した筈だが。
還ってこい。

115 :吾輩は名無しである:02/11/23 00:58
7よ、もう一度

116 :吾輩は名無しである:02/12/05 02:11
age

117 :吾輩は名無しである:02/12/13 19:02
曲げる

118 :吾輩は名無しである:03/01/04 10:56
保全マン

119 :堤さやか ◆FbmM8qrnbU :03/01/11 03:00
ageてみます。

120 :山崎渉:03/01/20 09:37
(^^)

121 :吾輩は名無しである:03/01/22 04:37
山崎渉 ( ^^)


122 :マダムB:03/01/26 17:10
多田智満子女史・追悼age

宇月原晴明『信長あるいは戴冠せるアンドロギュロス』って
タイトル見ると、何かムカつくのって私だけかな?

もっとも、その本は読んでいなくて、『聚楽』っていう
分厚い本を読んで、つまらんかったので余計に腹を
立てたわけだが。

123 :吾輩は名無しである:03/01/29 19:20
『信長あるいは戴冠せるアンドロギュロス』ってアルトーが主人公の話だったような

124 :吾輩は名無しである:03/01/29 19:21
アルトーも満足に語れないくせにスレなんか上げるなよ(w

125 :マダムB:03/01/29 19:27
>>124
ごめんねー。
でも、アルトーを「満足に」語れる人が
いるとしたら、それってブッキミー!
惹かれるけれど。

126 :吾輩は名無しである:03/01/29 19:41
ブッキミーってブッキミーだからヤメレ。

127 :吾輩は名無しである:03/02/03 19:39
7は宇野邦一氏なのか???
だとしたら、かなり感動ものなのですが。

128 :吾輩は名無しである:03/02/03 19:49
アルトーの演劇なんて誰も見たことがない

129 :JPB:03/02/05 00:55
『ヴァン・ゴッホ』を読むと、頭は明晰なまま、体中の内臓が手前勝手に
ざわめきながら皮膚の外へと抜け出すことで、食い破られそうになっている
人物を想像してしまいます。

「ヴァン・ゴッホは、そのからすどもを、自殺者である自分の脾臓から生れる
黒いばいきんのように、画面の上から数センチのところに、まるで下からわき
でたように、
黒い傷あとのような線によって解き放つ」

この辺が好きです。

130 :fishman:03/02/05 01:10
アルトーの詩もなかなか興味深い。

しかし変質した石の震えは
明るい荒野の凍った銀をみずからに引き寄せる
一つ一つの石は雷鳴を含み
その力は潜在的であり変換されている

ざっと見渡すだけでもそこかしこに鉱物の
モチーフが散乱している。鉱物が結晶としての
最小単位を保ったまま、何度も何度も叩き割られる。
おっとイメージ語りをしてしまいました。

131 :吾輩は名無しである:03/02/27 04:06
保守sage

132 :吾輩は名無しである:03/03/01 19:26
やっとヴァン・ゴッホ読了。理解するのに時間かかったかかった。
あと二編あるから、いつになるやら・・・一冊なのに・・・。

133 :吾輩は名無しである:03/03/12 02:31
ヴァン・ゴッホ

134 :吾輩は名無しである:03/03/12 02:35
電波系の詩を書けた奴は、あの時代においては、この人とレアモンぐらいだろう
おもしろいね。

135 :ウキウキ ◆yTejge/2ww :03/03/30 19:49
(*゚∀゚)アホウ!

偉大なるでんぱage!



136 :吾輩は名無しである:03/04/17 17:42
ほしゅ

137 :山崎渉:03/04/19 22:56
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

138 :吾輩は名無しである:03/05/23 00:34
廃墟

139 : ◆uaYejoOYtk :03/05/24 22:20
理知的すぎるのも狂気のうち

140 :山崎渉:03/05/28 09:02
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉

141 :吾輩は名無しである:03/06/09 23:15
マスコミの盗聴、盗撮は許されるのか?http://natto.2ch.net/mass/kako/974/974478132.html

489 名前: 文責:名無しさん 投稿日: 2001/04/11(水) 17:25
一般人なのに盗聴される、じゃなくて、「一般人だから盗聴される」んじゃないのかな?
基本的にネタ集めのためにやってんなら、有名人のネタを盗むと、有名人は告発できるし、
そんなことされても当たり前だと思われるので告発しても信じてもらえる。
そうでない人は、ここの途中の書き込みにもあったように「電波」扱いされるだけ。

ただで、ネタを仕入れるんなら、一般人に限るでしょう。
マスコミは自分らの無能さを恥じてほしいです。

ちなみに私が盗聴されはじめたのは、芸能人にストーカーされ始めてからでした。
そこからマスコミに広がって行った。
だから余計「妄想」とか思われそう。
友人に話したら完全に病気扱いされた。ストーカーって言葉がない時代だったしね。   
書いておいておいた小説のネタが、他人の原作でドラマ化されたときにはきれまくっ
たなあ。(一度や二度のことじゃないけど) 


142 :吾輩は名無しである:03/07/02 22:57
ほしゅ

143 :774:03/07/05 23:51
アナーキー ナナキ 超明晰 タラユラマ ダライラマ タマユラ ユラタマ


144 :吾輩は名無しである:03/07/07 23:33
必要以上に神話化されてしまった作家という気もするな。
まぁ、かって狂気が時代を読み解くコードだった時期が
あったということか。

145 :吾輩は名無しである:03/07/07 23:45
正直ワケワカラン
ハッタリだけ、ということを言ってしまってはダメなんすか?
↑の方ではかなりレベル高いカキコがあるんで申し訳ないけど

146 :吾輩は名無しである:03/07/07 23:48
>>144
アルトー自身がそう思っていた節はないかね?
『ヴァン・ゴッホ』しか読んでいないんだが。

147 :吾輩は名無しである:03/07/07 23:49
「狂気」っていうたった一言で
一人の作家をくくったあげくに、眼が見えなくなってる人

148 :吾輩は名無しである:03/07/07 23:51
ご存知だったら教えてください。
今はどんなコードで読み解いてるんですか?

149 :吾輩は名無しである:03/07/07 23:53
そんなにコードが欲しいのか

150 :吾輩は名無しである:03/07/07 23:54
別に彼を狂気で括ったつもりはないよ。
ドゥルーズの仕事が、彼の狂気の部分にばかりに
スポットを当てる結果になったんじゃないかって思っただけ。

で、君はん何が言いたいわけ?


151 :吾輩は名無しである:03/07/07 23:59
コード?
動物化でいいんじゃね?当たらずも遠からず。
得てしてコードってそんなもんよ。

152 :吾輩は名無しである:03/07/08 00:02
>>151
最近、誰がやってます?

153 :吾輩は名無しである:03/07/08 00:25
>>150
かつてのスレ主の真摯なカキコを読み直せ
ドゥルーズ以外の読みが日本に入ってこないだけだ

154 :UAYE ◆uaYejoOYtk :03/07/08 00:26
ロッキンオンの
マリリンマンソン特集でアルトーの「ヴァン・ゴッホ」が引用されていたのは
びびった。
音楽がなぁ〜?ああいう難解な消費のされかたするのは
ちょっと気に食わないのだが。
でもいるんだよな。リクツつけてメシ食ってる人たちが。
純文学って、批評家と作家が狭い土俵をひいて
その中で狭い内容の討論をすることが許されている世界なんだって
誰か言ってたけど、俺はそう思って欲しくないなあ

155 :吾輩は名無しである:03/07/08 00:29
>153
君が何を言いたいのか良くわからないな。
このスレ主と同じことは言えないけど、僕の言うことは
何だか気に食わない。ただ、それだけ?
気に食わないなら、それ以外の読みを開陳すればいいだけでしょ?
君に命令される謂れはないなぁ。

156 :152:03/07/08 00:32
>>155
落ち着いて。ね?

で、最近のコードは動物化らしいんですけど、誰がやってます?

あと、狂気で読み解かれたそれは何だったのか簡潔に述べてもらえますか?


157 :UAYE ◆uaYejoOYtk :03/07/08 00:34
思い出した、「誰か」は石川忠司。
あの人、対談とかで顔見たことないから、どうしても
「たま」のランニングの人がムツカシイ事喋ってる想像しちゃう。

158 :152:03/07/08 00:42
アルトーそのものには実は余り興味ないんですよ。
ドゥルーズ=ガタリが言及してたのを見て読んでみただけでね。

狂気で読み解かれたのが何だったのか、キーワードのようなものがあるのか
と思って聞いてみたのです。あります?

では。

159 :UAYE ◆uaYejoOYtk :03/07/08 00:47
アルトーと新大陸って、けっこうステキな組み合わせだ。と思う。
ゴッホのアルトーは陰鬱だけど、メキシコのアルトーは溌剌としていて
カッコイい。
これはたぶんヨーロッパに目を向けたボルヘスがちょっと鬱屈していて
ガウチョを描くボルヘスに屈託がないように見えるのと似てるのかもしれない。

とにかく新大陸がカッコイイ。いや、俺の中でだけど。

160 :UAYE ◆uaYejoOYtk :03/07/08 00:54
ていうかボルヘスのガウチョものは読んだ事ないんですけど

161 :吾輩は名無しである:03/07/08 16:32
動物になることというてーまではデリダが最近やってるね。
もしかしてアルトーを介してのドゥルーズへの応答なのか?


162 :774:03/07/08 17:52
器官なき身体、あなーきー、動物への生成変化、あなあき、亀裂セル自我、アナノアイタニクタイ

163 :吾輩は名無しである:03/07/15 14:56
あげて

164 :CHKN ◆uaYejoOYtk :03/07/23 17:31
むかし鈴木創士が文藝で
オウジエラスつー人のトリビュートみたいな文書いてたけど
邦訳されたのか誰かご存知の方いますか

165 :吾輩は名無しである:03/08/01 21:46
ばかだな。狂気がもっともアルトーの創造の本質なんだから
狂気で括って良いんだよ。
つまりドゥルーズの目は確かだということだよ。

166 :山崎 渉:03/08/02 00:24
(^^)

167 :山崎 渉:03/08/15 11:02
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

168 :吾輩は名無しである:03/10/18 22:13
あげとこうよ。

169 :吾輩は名無しである:03/10/18 23:55
最近ここのスレ人好くな杉

170 :吾輩は名無しである:03/10/23 10:59
     ,⌒⌒、       アベル・ガンス監督の映画『ナポレオン』では、
  ♂《,≦≠≧,》      「俳優」アントナン・アルトーが、マラー役を演じている。
    l ,-、,-、 l        下品で、猿に似ていたというマラーではあるが、   
    ( l @ @ l )       アルトーの演じる「マラー」は、なかなかの美男。   
    (  ┴  )     それでも、シャルロット・コルデーに暗殺される場面では、    
     i つ つ          狂気の片鱗を示す、鬼気迫る演技をみせている。
  〜(___†)〜 〜 ̄/  
/〜 〜 〜 〜 〜〜/  余談だが、この映画では、アベル・ガンス監督自身が、     
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄       若きサン=ジュスト役を演じているのも面白い。  
|        /   薔薇の花を持ったり、化粧をしたり…、40歳代なのに
|       |      26歳の美貌の若者を演じようと必死…。おそらく彼は、
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄     サン=ジュスト役だけは、誰にも渡したくなかったのだろう。

《入浴中に暗殺されたマラー》

>おサルさん、↑この元のオリジナルAAは、自分が「超能力」によって入手したものだ。
勝手に「古コテ」の誰かを疑わないように。2ch(鬼女、おくなん)に友人などいない。
ROMってるが、独身だから、ルールを守って、自分は書き込まないし・・・。

171 : ◆OQomYzRHWk :03/10/24 09:37
170です。トリップをつけたつもりだったが、AAを直していたら消えてしまった。
(それでも浴槽の形がズレている…。未熟者です)

以前、興味ある内容の長文を書いていた「7」氏は、もういないのかな…。
このスレがあることに気付いたのが最近なので、直接「7」氏と話ができず、残念。
無駄を承知で、話題提供してみようかな…。

アントナン・アルトーの作品の特徴のひとつに「去勢願望」とでもいうべきものがある。

「だが、去勢された男とはなんと美しい姿であることか」
           『澄みきったアベラール』(1928年)
「真の男は性器を持たない」   詩篇(1948年)

これらの言葉から推測される性向は、現実の女性との性的関係の拒否、早熟な男色傾向
である。両性具有、すなわち天使的な存在へと向かう求心的なベクトルが、自己否定に
繋がり、変身願望へと変化して演劇へと向かい、さらに急進的なアナーキー(無秩序)
へと向かう。そのあたりにアルトーの狂気の構造を解く鍵があるのではないかと思うが、
どうだろうか。

172 : ◆OQomYzRHWk :03/10/24 10:01
前述の映画で、マラー役を買って出たのは、おそらくアルトー自身であったと思う。
(アルトーは大変な美男であったので、自分が監督だったら、マラー役には配役しない)
アルトーは、若く美しい女性、シャルロット・コルデーに、浴槽の中で(裸体で)刺殺
されるという場面に、少なからず興奮を覚えたのだろう。確かに、映画の中でも迫力ある
このシーンは、彼の「去勢願望」を満足させるには最適な設定だった。目をぎらぎら
させて「裏切り者」の名を聞きだすという演技をしながら、アルトー自身が、次の暗殺の
場面への期待に、異常な高揚を覚えている様子が感じられる。

173 :吾輩は名無しである:03/10/24 10:04
いつまでも、アルトー思うな親と金。どやっ!

174 : ◆OQomYzRHWk :03/10/24 11:02
>173
残念ながら、親はもうこの世にいないんだよね…。
身内は国立大学教授(公務員)の妻をやってる姉が一人いるだけだ。
それと、駄洒落なら、もうちょっとマシなこと書いてくれ。むずむずする。

  獣へん アルトー無いとじゃ大違い 袁紹ほどの智恵もまわらず

◎袁紹・・・後漢末、河南汝陽の人。霊帝の死後、宦官を皆殺しにした。
一応、「去勢」つながりでwwwww。

余計なことかもしれないが、俺、エスパーなんで、「名無し」で書く人に注意。
俺は、誰が書いたのか知りたいと思って霊視すると(時間が経っていても)キーボードを
叩いている人の姿が見えるわけ。だから、誰も見ていないと思ってあられもない格好で
PCに向かうのはやめてほしいんだよね。特に主婦の人…。俺、礼節をわきまえている
つもりだから、相手が女性の場合は、顔しか見ないようにしてるけど…。

175 :吾輩は名無しである:03/10/24 20:21
なぜ去勢願望が男色傾向にあるかがわからない。
ペニスはヘテロセクシャルだけが使うものなのか?

だいいちペニスがなければA感覚が得られないじゃん。

176 : ◆OQomYzRHWk :03/10/25 14:28
>175
君とはあまり話したくないなぁ…。
だいたい君、『澄みきったアベラール』も「詩篇」も読んでないね…。それどころか、
アベラールがどんな人物なのか、何故、去勢されたのかも知らないみたいだ。 
ここはアルトーの文学を語るスレだろう? アルトーの作品を、一つでも読んでから
レスしてほしい。「去勢願望」という一つの言葉だけを取り上げて、ペニスだの
A感覚だのと言われてもな…。「去勢願望」とか「男色傾向」という言葉の一般的定義を
しているわけじゃないから…。…そういう話は、他の板でしてくれ。

「7」氏がいないなら、このスレに書いても仕方がないから、そろそろ逝くけど、少しだけ
答えておくとするかな…。まず、俺が「早熟な」男色傾向と書いた意味を考えてほしい。
『澄みきったアベラール』が、アルトーの初期の作品であることも付け加えておく。

アベラール(Pierre Abélard : 1079-1142)はスコラ哲学者で、最も鋭利な中世の神学者
の一人。聖職にありながら、エロイーズとの恋愛事件を起こし、死刑に次ぐ重刑である
宮刑(生殖器を切り取られる刑)に処せられた。
アルトーは、この「去勢された男=アベラール」を「なんと美しい」と表現したわけだが、
この作品を書いたとき、彼の脳裏にあったのは、現実のセックスなどではなかったのだろう。
アルトーにおいては、極端なストイシズムが、エロスを通り過ぎて、タナトスと結びついて
いるようだ。彼は、自分自身をアベラールに置き換えて、死の恐怖に恍惚としていたのでは
ないだろうか。あるいは「失われたアベラールのペニス」に犯される自分自身を想定し、
天の至高の場所の「死の栄光」に酔い痴れはしなかったか…。

早熟な天才は、現実のセックスを嫌悪し、「死」を希求し、「死」と交わることにのみ
熱中していた。…そこにアルトーの悲劇の一因があったのだろうと思う。

177 :吾輩は名無しである:03/10/25 15:15
>早熟な天才は、現実のセックスを嫌悪し、「死」を希求し、「死」と交わることにのみ
>熱中していた。…そこにアルトーの悲劇の一因があったのだろうと思う。

こういう感傷的な物言いを
アルトーに対して
してほしくないなぁ…。

178 : ◆OQomYzRHWk :03/10/25 15:37
>177
お! そういうレスが欲しかった!
言葉を選んで書くのが面倒くさくなったので、適当に書いたから、我慢できない人が
いるんじゃないかとも思ったが…。(決して釣りじゃない。本気で話したかっただけだ)
アルトーは、俺にとっては「特別」な一人…。
できれば、もう少し詳しく頼む。このスレの前の方、じっくり読んでおくから…。
しかし、今日はもう出かけるし、明日は大事な会合があるので、レスは遅くなると思う。

179 :吾輩は名無しである:03/10/25 16:39
死を希求するって言い方は
あまりにロマンチックで陳腐過ぎるし
「アルトーの悲劇」を
強調(捏造?)するだけで
まあよく判らんけど
今現在にアルトーを読むなら
もっと別な読み方をするんじゃないかと思った。
おれは全然アルトー詳しくないので
本当に適当なこと言ってるからスルーしてくれ

180 :175:03/10/25 17:53
確かにアベラールもアルトーもよくしらんが、
知るかぎりで反論させてもらう。

まず、じっさいにアルトーは男色的なものを
一度も求めたことはなかったということだ。
あなたがどこからそういう傾向を読み取ったのか、
また言質をとったのか知らないけど。
あと、死についてだが、あなたが『芸術と死』を
初期作品であるとわざわざ注意しているから釈迦に説法だろうが、
確かに初期は晩年ほど死というものを否定していないように思える。
しかし、それでもかなり微妙だろう。
たとえば自殺についてのテクストを見ると、
自分はもうすでに死んでいるのだ、というようなことをいっているが、
これが死の希求であるかは議論の余地があるのではないだろうか。

あなたがいったなかで一番気になるのは、
アベラールを自分自身に置き換えて、という部分。
この時期アベラールやウッチェロについてのテクストをたくさん書いているが、
私の考えではこれはたとえばリヴィエールとの往復書簡でいっているような
いわゆる思考の不能性の問題とかかわっていると思う。
つまり、私の思考は失われている、
だから誰かと共に思考しなければならない、というものだ。
実際にこのようなことを確か当時の恋人であるジェニカにもいっていたし、
誰かがいなければ思考ができないというのは、
中国の鍼灸の研究家であるスリエ・ドゥ・モランに宛てた手紙でも
いっていたはずだ。
だからアルトーはアベラールを自らと重ね合わせたというよりも、
アベラールと共に思考しようとしたのではないか。
このことはむしろウッチェロについてのテクストによくあらわれていると思う。


181 : ◆OQomYzRHWk :03/10/26 11:49
>180=175
あ〜あ! もうちょっと落ち着いて書けよ。せっかく相手してやってるのに、
相変わらず日本語下手なんだからぁ…もう! …かといって英語が上手いわけでも
ないんだよな。仏語ときたら、論外…。なのに知ったかぶり…。
だから、君とは話したくないって言ったんだ。はぁ…(溜息)。

>確かにアベラールもアルトーもよくしらんが、
>知るかぎりで反論させてもらう。

>まず、じっさいにアルトーは男色的なものを
>一度も求めたことはなかったということだ。

冒頭の数行を読んだだけでも、君は日本語の使い方が不自由だということがわかる。
まず、「一度も…したことはない」という日本語は、すべてを知らなければ実証する
ことができない事象に関して使うべき否定的表現である。「アルトーをよくしらんが」
と言った後で、この構文を使うのは誤りである。

正しい使い方の例 : 
◎ 私は、毎月、宝くじを1枚ずつ買っているが、一度も当たったことはない。
◎ 僕は、何度も彼女をデートに誘ったが、一度も応じてくれたことはない。

つまり、アルトー自身でない限り、「実際に男色的なものを求めたことはなかった」か
どうかを証明することはできないのだ。それを、アルトーを「よくしらん」日本人が、
勝手に決め付け、「一度もない」と言及することが、そもそもの間違いである。

今日は忙しいのでこれだけにしておくが、君の稚拙な「反論」への「反論」はまだまだ
あるぞ。楽しみに待っていてくれ。

182 :吾輩は名無しである:03/10/26 12:27
煽りじゃなくて質問。
アルトーが男色的なものを求めた
ことはどうやって実証するの?
あと>>171でアルトーにとって
両性具有が天使的存在だって
解釈してるけどその論拠は?
初心者っぽい質問ですいません…

183 :吾輩は名無しである:03/10/26 13:05
>>170の一連の発言が、だいたい
くだらないものだ、と感じられるのは
アルトーがどう感じていたのかを推測して
アルトーの”去勢願望”やら”死の希求”
とやらの安易な解答に回収してるだけ
だというとこだね・・・自分の諸状態と
語との徹底的な齟齬を感じていた人間に
対して、それじゃあ・・・つまらないね

184 :吾輩は名無しである:03/10/26 13:10
それから、コテ特有の主観性がうっとおしいよ
7とやりとりしていた一人だが、
ちょっとした隙を見つけてはレスで煽るようではスレが活性化しないよ。

185 :175:03/10/26 14:35
稚拙なレスで申し訳ない。

仰るように私はフランス語も、英語も日本語も拙いので、
できれば文章の拙さについては大目に見てもらいたい。

もちろん私はすべてのアルトーの著作を読んでいるわけではないので、
「一度もない」といったのは私の妄想であるといわれても仕方がない。
どうやらあなたは私より大分アルトーに詳しいらしいので、
もしこれからやりとりが続くとすれば、
私の妄想を正してくれればと思う。

反論の反論楽しみに待ってます。

186 :169@新参者:03/10/26 19:12
169で書いたら、なんか急にレスが連なっていてビックリ。
◆OQomYzRHWkさんのレス振りのおかげですね。
この板も最近来た新参者ならば、アルトーも消化できていない未熟者。
理解しきれていないがゆえに理解したいという欲求があるので
ROM中心になると思いますがどうかよろしく。
(邦訳のあるものは一応目は通しています)

187 :175:03/10/28 13:13
170さんはもう来ないのかな。
もうちょっと書き足そうと思ったのだが…

188 :ママンX:03/10/28 16:55
>>175
相変わらずヒマそうですね、Gさん。
お得意の「おまえら馬鹿だろww」はここじゃ使わないの?
他スレでもやめるんならこれ以上は私もいわないけど(w



189 :新参者:03/10/29 00:04
>>187
レスを待ってる必要はないと思う。
積極的に書き足していけばいい。

190 :新参者:03/10/29 00:07
それから他の方も◆OQomYzRHWk氏のレスに対して
細かな質問や疑念を問う前に(それも必要だろうけれど)、
それぞれのアルトー観をまず語ってみてはどうだろうか?
◆OQomYzRHWk氏をホストとしてレスをつなぐよりも
◆OQomYzRHWk氏のレスをひとつのプレゼンテーションとして
座談会的な形で進行するほうがいいと思いますがどうでしょうか?

191 :吾輩は名無しである:03/10/29 04:53
でもなんだかどちらもあげあしとりに終始してますね。

192 :吾輩は名無しである:03/10/29 08:34
◆OQomYzRHWk氏が>>170で言っていた映画「ナポレオン」、観ましたよ。20年程前かな。
場所は覚えていないが、会場でジュディ・オングとすれ違い、彼女を間近に見て、あまりにも小さくて
生きている人間とは思えないほど綺麗だったので、よく覚えています。(脱線スマソ)
無声映画なので、役者たちが、大袈裟な胡散臭い演技をするので閉口したが、マラー役の役者だけが、
圧倒的な存在感をもっていたのが印象的だった。プログラムを見て、それがアントナン・アルトーだと
知ったときは、本当に驚きました。しかし、アルトーに関しては、解説では少しも触れられていなくて、
それがまた不満だった記憶があります。実は私は、アルトーの「演劇論」を少し齧っていたので、
彼の演技するところを見たかったな、と常々考えていたのですが、まさか動いているアルトーの姿を
見られるとは想像もしていなかったので、非情に興奮を覚えたものです。

ダントン役やロベスピエール役の役者は、歴史上の人物として、一般的に知られているキャラクターを
「模倣」しようとしていたようだが、アルトーのマラーだけは違っていた。まるでマラー自身で
あるかのような、「マラーが乗り移った」とでも言えばいいのかな。>>65-79あたりで、7氏をはじめとして、
皆さんが話していることと比べるとお粗末で申し訳ないけれど、自己と乖離してしまっているアルトーの
肉体に、マラーという人格が入り込み、「アルトー/マラー」という別の人格が生まれ、行動している。
つまり、スクリーンに映し出された人物は、アルトーでもなくマラーでもない、しかし、同時に
アルトーでもマラーでもある。アルトーが「演じる」と言っていたのは、そういうことではないかと
思いました。演じるべき人格が存在しなければ、演技は成立しない。だから、テキストは必要である。
7氏の>>65の以下の発言が面白かったので、そんなことを考えました。

>アルトーは決してテクストを放棄しません。
>実際どういっているにせよ、行為を要請するものとしてのテクスト廃棄することはあり得ないと思います。
>この意味で寺山は単純にアルトーを誤読しています。

193 :192:03/10/29 08:44
すみません。非情に→×、非常に→○
変換ミスです。

194 :175:03/10/29 09:59
とりあえず170さんが最初に書かれたことに関して思ったことを。

170さんが挙げているテクストは1928年の『芸術と死』所収のものと
1948年のテクストなので、
おそらくアルトーの全生涯を通じて一貫したヴィジョンをもっているのだろう。

しかし私はこのように事を一緒くたにするのはどうかと思う。
前者のテクストはたぶん去勢によって与えられるある種の不可能性が問題なのだと思う。
この不可能性は前期のアルトーにとって重要なテーマで、
このテーマが彼の演劇制作の動機づけになったとも言えるのではないだろうか。
だからここで重要なのは性器がないということではなく、
性器が失われているということだろう。
いうまでもないが去勢は単純に性器がないということとは違う。

195 :175:03/10/29 10:01
それに対して後者のテクストは、
いわゆる器官なき身体とのからみで考えた方がいいと思う。
『84』所収のテクストが器官なき身体についてのもので有名だが、
あれが書かれたのが1947年なので、
『芸術と死』と結びつけるよりこの方が自然だと思う。
彼は器官なき身体(はっきりと概念化してはいないと思うが)ということで、
性器という器官がいわば非自我として自我の妨げになることを批判しているのだろう。
したがって先のテクストのように去勢によって機能が失われるというのではなく、
去勢によって失われる機能自体(真の男は)もっていないといっているのだから、
やはり二つのテクストを一緒くたにはできないだろう。

ちなみに170さんに倣って「真の男は」とかいたが、
これって男って意味なんでしょうか?
フランス語のできない私はむしろ人間という意味ではないかと思ったのですが。
というのは、男とか女とかの区別も、
正にここで批判されているだろう機能の差異化によって
作られるものでしょうから。
いずれにせよ引用もとを明らかにしてくれるとありがたいのですが。

ところでGさんって誰ですか?

196 :吾輩は名無しである:03/10/29 11:49
いちばん弱い力、重力。

197 :吾輩は名無しである:03/10/29 18:08
>175
◆OQomYzRHWk氏の一連の発言は、アルトーの1933-4年の『ヘリオガバルスまたは戴冠せるアナーキスト』
を念頭において書かれたものと推測されます。これは、歴史小説というよりは、哲学といった方が
良い作品かもしれませんが、ドゥ・マゴ賞の候補作にあげられているのだから、「小説」と呼んで
さしつかえないと思います。この作品は、アルトーが初期の作品で登場させた、アベラールやウッチェロ
と同じように、アルトー自身の「分身」ともいうべき歴史上の実在人物をとりあげた作品ですが、
アルトーは、演劇者としての自らと同じく「アナーキー」という言葉をヘリオガバルスに関して使っています。
さらに、この作品のIII章「アナーキー」において、アルトーは「去勢」と「男色」、「両性具有」について、
迫力ある記述をしていますが、>175さんは、この点に関してはどう考えられますか?

「真の男」という言葉もアルトー自身が使っていますね。

198 :吾輩は名無しである:03/10/29 19:29
>>194=175
>170さんが挙げているテクストは1928年の『芸術と死』所収のものと
>1948年のテクストなので、
>おそらくアルトーの全生涯を通じて一貫したヴィジョンをもっているのだろう。

アルトーは1737年9月、フランスへ強制送還される船上で発作を起こし、以後数年間、
病院を点々とする悲惨な監禁生活を送るが(例の非人間的電気ショック療法を含む)、
1746年にはパリへ「帰還」。1747年1月にオランジュリーでヴァン・ゴッホ展を見た
ことをきっかけに、『ヴァン・ゴッホ ―社会による自殺者』を一気に書き上げる。
この作品は、『ヘリオガバルス』とは対極をなす作品であると思うが、この作品に
至るアルトーの心境の激越な変化を無視して、「全生涯を通じて一貫したヴィジョン」
と175氏が言及するのは、あまりにも軽薄であるという印象を持った。

199 :192:03/10/29 20:10
>198
そうですね。アベル・ガンスの「ナポレオン」は、発病前の1927年の映画だから、◆OQomYzRHWk氏が
>>171で挙げてくれた「澄みきったアベラール」の構想が、すでに念頭にあった時期でしょうかね。
1933年の「ヘリオガバルス」の資料もすでに集め始めていたかもしれない。それを考え合わせると、
◆OQomYzRHWk氏が言うように、この頃のアルトーが、「去勢」という概念にとりつかれていた(?)
という感じがしないでもないです。「真の男は性器を持たない」という1948年の詩を「飛躍」とみるか、
何らかの関連性をみるかはともかくとして、闘病経験が、アルトーの作品に影響を及ぼしていることは
異論の余地のないことだと思います。そのあたりを「一貫したヴィジョン」としてしまうのは、やはり、
読みが甘いと思いますがね。175氏には、その論拠を示してほしいところです。

200 :吾輩は名無しである:03/10/29 20:26
◆OQomYzRHWkがアルトーに対して、全生涯を通じて一貫したヴィジョン
を持っているってことでしょ?
なんでそんなことも読めないの?

201 :175:03/10/29 20:32
ごめんなさい。
さし当たり軽い返事を。

まず一貫したヴィジョンを云々の条りは、
170さんがかなり年代的に開きのある引用を並べたので、
170さんが一貫したヴィジョンをもっているのだろうなと考えました。
そのあとで言っているようにそのように一緒くたにするのはどうかというお伺いを
170さんに立てました。
(「もっているのだろう」の主語は170さんです。)

「真の男」って原文ではどういうものですか?
1948年のテクストで、
l'homme vrai n'a aucun sexe (170の引用から想像)
とかいう文章であれば、hommeは「人間」じゃないかと思うんですが。

202 :192:03/10/29 22:26
>200は煽りですかね。175氏みたいにも思えるけれど。「ヴィジョン」という言葉の使い方が(以下略。
>201
私は、◆OQomYzRHWk氏のレスから、「一貫したヴィジョン」を持っているという印象は受けませんでしたがね。
書かれた文章をどう受け取るかは読み手それぞれだと思いますが、若い頃(発病前)に書かれた作品と、
9年にも及ぶ長い闘病生活の末の1948年の作品と、アルトーの「ヴィジョン」が明らかに異なっていると
思われる時期に書かれた2つの作品に、「去勢された男」、「性器を持たない」という似通ったキーワードがある、
そのことについてどう思うか、という話題の呈示であったように、私は思いますよ。アルトーは、1936年に
セシル・シュラムとの婚約解消事件もおこしていますからね。その謎と、男女の恋愛(性)についての
アルトーの心境の変化についても話し合ってみたいものです。発病と無関係とも思えないので。

とにかく、175氏は、「アルトーをよくしらない」と、だから◆OQomYzRHWk氏が「アルトーの全生涯を
通じて一貫したヴィジョンを持っている」と感じたということですね。

ついでながら、発病直前の「アイルランド旅行」と「聖パトリックの杖」に関連づけて、巌谷國士氏あたりも、
「もうひとつの奇妙な『剣』(去勢願望にも対応するだろうか?)」というようなこと、書いていますがね。
「去勢願望」という言葉は、別に◆OQomYzRHWk氏の専売特許ではないと思いますよ。

203 :吾輩は名無しである:03/10/29 22:53
200だけど175と別人だよ
「ヴィジョン」はコピペです
ふつうにスレ読んでれば199みたいなレスありえないだろうと思った
んだけど、もうどうでもいいか

204 :吾輩は名無しである:03/10/29 23:35
>>203
同意・・・普通に、>>170に書かれてた
ような意見もある、ってことだし・・・
この話は・・・もう、いいんじゃないかな?

205 :192:03/10/29 23:51
>>203-204
「ヴィジョン」云々はもういい、という点は同意しますが、お二人の言う「ふつう」「普通」って、いったい?
何が「普通」の基準になっているのか、さっぱりわからんです。お二人揃って「文学」を語るのに
厨房めいた「普通」という表現では、なさけないですね。
少なくても198氏に賛同した私の意見が199だったわけですから、「ありえない」とまで言われることはないと思いますがね。

206 :吾輩は名無しである:03/10/29 23:58
文学板に長文レスするくらいの人なら
ここまで読解力がないなんて「普通」ありえない、
ってことなんですが…
192さんはちょっと「普通」じゃないのかもね。
と煽ってみるテスト

207 :吾輩は名無しである:03/10/30 00:08
175みたいな電波レスを擁護するなんて、普通ありえな〜い、と言ってみるテスト

208 :吾輩は名無しである:03/10/30 00:21
>>206
何でそれが煽りなの? 俺は普通に
>>192には超能力がある、と思ったよw

209 :吾輩は名無しである:03/10/30 00:24
あと、エスパーかも? いつのまにか
霊視なんか、されちゃってるかもよw
・・・言っておくが、霊感は存在する!

210 :175:03/10/30 00:30
一つ一つ釈明させていただきます。

>>202
似通ったキーワード云々ですが、私はそれには答えていると思います。
性器をもたない、ということと、去勢されたということは違うのではないでしょうか。
それを結びつけてしまったということに、170さんは
192さんが仰る諸々の出来事を無視してしまっているのではないかと感じたのです。
その点については192さんはいかがお考えでしょうか。

>>207
電波レスで申し訳ないです。
でも一応理由はありまして、たとえば晩年にアルトーは
同性愛を批判あるいは軽蔑しているところがあったと思いますが、
それは性的だからです。
晩年には特に性的なものを嫌悪していましたが、
その一つのありようとして彼は同性愛を批判していたと思います。

そのことがあったので、
(アルトーにおいて)去勢の果てに男色があるとはとても思えなかったので、
あんなレスをしてしまいました。
申し訳ないです。

211 :吾輩は名無しである:03/10/30 00:52
>209
考えてみると、エスパーが2ちゃんをやってたら、ホント怖いっすねw
匿名の意味がなくなっちゃうばかりか、ネットを通じて部屋の中を
覗かれてたりしてても、こっちからはわからないし、何も証拠が
残らないわけだから・・・ある意味、ハッカーよりも怖いよぉ!

212 :エスパー:03/10/30 01:24
>211
スレ荒らしたり、煽ったり、騙ったり、根拠もなく他人を誹謗中傷する「悪い人」しか
「霊視」できないから、「普通の人」は心配しなくてもいいよ。


213 :マダムA:03/10/30 08:56
>212
エスパーさん。そろそろ真面目にやりません?
彼ならもう大丈夫でしょう。
それに前のほうでレスを入れていた人が
遠くないうちに帰ってくると思いますよ。

それから、名無しさんへの提案なのですが
臨時にでも番号かネームをつけませんか?
そのほうがROMしやすいのです。

214 :197:03/10/30 10:10
>210=175
>>197の質問は無視ですか?
◆OQomYzRHWkへの反論にばかり夢中になっていないで、会話を先へ進めてください。
しかし、◆OQomYzRHWkさんは「去勢の果てに男色がある」なんて言っていないと思いますよ。
他人のレス内容を次々に言い換えて、話を複雑にしているのは、175さんの方でしょう?

一般的に、去勢して「女」になる人を男色者と考えますが(もちろん去勢しない男色者もいます)、
アルトーは、去勢することで、「真の男」になると考えています。アルトーがなりたかったのは
「去勢した真の男」であって、「去勢した男色者」ではない。彼の「去勢願望」は、「女」に
なりたいのではなく、「女」という「性」を徹底的に否定するところにあるのです。
アルトーには、透徹した男性賛美・女性蔑視の思想があります。「女」に化けた「男色者」が、
女性以下の存在であることは言うまでもありません。まして、女性同士の同性愛者などは、
論外ということでしょう。同性愛者が、アルトーにとって批判・軽蔑の対象であったことも頷けます。
(差別発言ですが、アルトーは相当な電波ですから、仕方ありません)

だから、「真の男」は女性を含む「人間」ではなく、男性のみをさしていると解釈します。
思春期の男性の憧憬・性的興味の対象が、女性ではなく、男性である。アルトーにはその傾向がある。
そのあたりのことを、◆OQomYzRHWkさんは、「早熟な男色傾向」と言ったのではないでしょうか?
「男色傾向」は「男色」そのものをさしてはいないと、自分は受け取りました。

少なくても、アルトーは、「生まれつきの男色者」ヘリオガバルスと、「真の男」(アベラール)を
対比させています。アルトーが、どちらになりたいと欲したかは歴然としています。

215 :197:03/10/30 10:31
>213 マダムAさん、はじめまして。

前述のことを補足する意味で、アルトー自身の記述をいくつか抜粋しておきます。
『ヘリオガバルスまたは戴冠せるアナーキスト』(多田智満子訳 白水ブックス)より

「この史家は、ヘリオガバルスが女と寝て、正常に女とまじわることができたことに驚いている。
生まれつきの男色者にとっては奇妙な矛盾した所行でもあり、男色に対する一種の肉体的
裏切りとも考えられるこの行為は、ヘリオガバルスの宗教的で早熟な男色が結局観念的思想的な
ものであったことを証明している。」

「しかしながら、このように回転するイメージの中、ウェヌスの化身の血をひく魅惑的な二重の
天性の中、そして精神の最も厳密な論理のイメージそのものである驚くべき性的矛盾の中に、
両性具有的性格以上に歴然と現れているもの、それはアナーキーの観念である。」

「キュベレの祭司が自分の男根を切取り、女の衣装を投げかけられる時、その儀式の中には、
ある種の矛盾にけりをつけ、ひとおもいに男と女を結びつけ、両者を組み合わせ、一つに融合させ、
男性によって男性の中へ両者を融合させてしまおうとする欲望がみてとれる。男性が秘儀の導師
なのである。」

216 :197:03/10/30 12:46
(つづき)ヘリオガバルスは「太陽」の祭司であった。
彼の信奉する「太陽神」「太陽信仰」に関して、アルトーは興味ある記述を残しています。

「アポロンが太陽である如くサトゥルヌスが太陽であること、そのことは、下降する神が行為の形に
応じて己が姿と権能とを変えることを我々が承知していれば、何も驚くには当たるまい。」

「アポロンAPOLLON これは太陽の活動力。その名を失うことなしに、一種の渾名としての影を分身とし、
影にたえずつきまとわれている。」

「ヘリオガバルス、それは男であり、女である。
また太陽信仰は男の宗教であるが、男の姿を反映する女という男の模倣がなければ、それは無きに等しい。
活動するために二つに切断されて二者となる唯一者の宗教。
存在するため。
唯一者を冒頭から分断した宗教。
唯一者と二者とは両性具有者(アンドロギュヌス)において結ばれる。
両性具有者とは男。
そして女。
同時に。
唯一者において一体となる。」

217 :吾輩は名無しである:03/10/30 23:23
いくらなんでもひどすぎる

218 :吾輩は名無しである:03/10/31 08:56
197と175は同一人物か。


219 :197:03/10/31 10:38
>218
頼むから、猿と一緒にだけはしないでくれ!
2ch心得の「出されたおかずは残らず食べる」というのが、結構、気に入っていたんで、根気よく
レスし続けていたが、「出されたおかず」が猿の脳味噌ばかりじゃぁ、いいかげん嫌になるぜ。
中国では、これも珍味の一つだったらしいが、こんな不味いものが世の中にあったとは・・・。
218も一度食べてみたらいい。反吐が出るぜ。ぺっ!

220 :175:03/11/01 13:36
>>214
レスが遅れて申し訳ありません。

言葉の定義の問題はおそらく話を複雑にしてしまうだけでしょうから、
手短にしますが、去勢して「女」になることが「一般的に」男色者となるということを私は知りません。
でもまあいいでしょう。

『ヘリオガバルス』は私にとって非常に困難なテクストではあるのですが、
それはもしかしたらアベラールやウッチェロについてのテクストにも言えるかもしれません。
というのは、アルトーは言語と自我とのある種のズレを長い間訴え続けたということを
多くの皆さんがご存じなのに、
これらのテクストについてあまりにもナイーヴに対象との同一化が言われてしまうからです。
同一化の願望と言ってもいいでしょう。

しかし、リヴィエールとの往復書簡を読めば、
問題なのはむしろそのような同一化ができないということだということがわかるはずです。
仮に何らかの願望があったとして、その願望を言語を媒体として伝えることのできない困難がアルトーにはあったはずです。
私は『ヘリオガバルス』を書いていた時代だけこのようなある種の病が突然治ってしまったとは思えません。


去勢とは、アルトーにとっては、もちろんアベラールにとっても、
責め苦であり、拷問でさえあります。もちろんそれは苦痛を惹き起こします。
(おそらく)われわれの思いもおよばないほどの身体手苦痛を味わっていたアルトーが、
「苦痛を望む」などとはとうてい信じられません。

ではなぜそのようなものを描くのか、
おそらくそれは現実だからです。
われわれは苦痛を避けようとも不可避的な必然性やあるいは重力の力によって
あらがうこともできずに苦痛に苛まれてしまいます。
アルトーが演劇の領域で残酷という概念を作りだしたのは、
まさにこのようなことを踏まえてのことだと思います。

221 :175:03/11/01 13:39
アベラールは正にこの残酷を体現した一人だったのではないでしょうか。
ヘリオガバルスもまたその一人だとすると(私はそう思いますが)、
一つの問題が起こってきます。
つまりヘリオガバルスの放蕩は自らの意志によってなされたのか? ということです。
おそらくアルトーはこの問いに否定的な答えを用意したのではないでしょうか。
この時期彼はまだ演劇の活動をしていましたが、
演劇とは、あらゆる意味で「自らの意志」がそれそのものとしてあらわれ得ない場です。

そして「真の男」の問題ですが、引用元を見つけました。
ちなみに執筆年は1948年ではなく1947年でした。
car un homme n'est pas un etre

un homme vrai n'a pas de sexe
il ignore cette hideur
et ce stupefiant peche
mais il connait le parachevement
que l'etre
par definition
ne connaitra jamais

もちろんこの引用が問題になっているかはわかりませんが、
これはどう考えても「人間」について語っています。

最後に質問させてください。
197さんはアルトーにおける去勢願望や男色願望というものが、
『ヘリオガバルス』が書かれた時代、あるいはその前後を越えて、
初期から、そして晩年間であり続けたとお考えですか?
もしあったとすれば、具体的にどのような個所においてでしょうか。

222 : :03/11/01 17:56
おまえらアルトーよりキてるなw

223 :吾輩は名無しである:03/11/01 19:07
煽りはあげて書こうよ

224 :175:03/11/03 11:38
197さんはもう相手してくれないのかな…
もう猿を相手にするのも疲れたのか…

あと170さんもどうしたんだろう…

225 :吾輩は名無しである:03/11/03 11:48
このスレと田口スレと文壇BARとニーチェスレがトップ4って、
文学板ってほんとデムパだな。

226 :新参者:03/11/03 20:47
横レス失礼。電波は電波にしても興味深くもある‥。
ここでは猿とか豚とかいうアニマルネームはやめましょう。
それよりも有名な固定ハンドルネームのほうが(略
それから煽りでも賛同でも自作自演はやめましょう。
去勢という性的主題をめぐっての対話のようですが
少し停滞してるようなのでお二人に質問を。

>>197氏へ
ちょっと言葉がラフに流れる傾向にありますが、
自分なりの言葉で語っている点は良いでしょう。
さて、両性具有的な天使的存在になることと
演劇的舞台において男が女を演じることとは
何か関係があるとお考えでしょうか?
>>216:両性的なヘリオガバルス論を参照すべき?)

>>175氏へ
ちょっと教科書的で堅い言葉ですが
厳密に語ろうとしている点は良いでしょう。
さて、器官なき身体と分裂した自我との関係、
また演劇的舞台において多重人格的になることとは
何か関係があるとお考えでしょうか?
>>195:去勢ではない無性的なものを参照すべき?)

227 :吾輩は名無しである:03/11/03 21:24
>226新参者さんは、169、186、189、190と同じ方ですか?
そうだとしたら、少しがっかりしました。(理由は言えませんが・・・)

>>221 (175)
横レス失礼。引用された仏文の"homme"に関して。

un homme vrai n'a pas de sexe

>これはどう考えても「人間」について語っています。

上記のように考えられた根拠は何ですか?
"homme" は、「人間・人類」を表す場合は、定冠詞がついて、"l'homme" となり、
"un homme" の場合は「男・男性」を指すことが多いように思いますが、どうでしょうか?
また、この場合、真の男(un homme vrai)は、「人間一般」ではなく、アルトーの言う
「唯一者」をさしているのではないかと思いますが、その点はどう考えられますか?

228 :吾輩は名無しである:03/11/03 21:26
スレタイが一瞬「アナル・カント」に見えたのは俺だけではないはず!!

229 :吾輩は名無しである:03/11/03 22:02
>>228
また正体を現したのか?
バカは死んでも治らないな。

230 :吾輩は名無しである:03/11/03 22:05
もうここは終了する。

231 :吾輩は名無しである:03/11/03 22:55
アナル・カントとか言っても
知ってる奴なんていないよ

232 : ◆Hd6iVFPOKk :03/11/06 18:50
(これからROMされる人へ)
この板には自分への反論や煽りなども盛り込む巧妙な手口で自演する人物がいる。
急にレスが連なっていたりした時は怪しんだほうがいい。
この人物は文学板で有名なコテハンであるが、ある程度のIQの高さは窺われるものの
やはり猿の脳味噌であり、猿真似しかできないネット中毒症患者である。
どこかから借りてきた付け焼刃のレス内容は、メスを入れていけばボロは出るが
こういう人物に対してまともに相手をしないほうがいい。
適当にアメとムチを使って泳がせておくか、スルーするか、適当なとこで一発か、である。
碩学を装っていても、この人物の正体は所詮228=231なのだから。

233 :227:03/11/11 01:42
何故、急に誰もいなくなってしまったんだろう・・・?

>175 「真の男」の問題はどうなりましたか?

>230 どうして終了? もしかして>1ですか?

234 :175:03/11/11 10:54
返事が遅れて申し訳ありません。

>>233
繰り返しになりますがもう一度いいます。
私の判断材料はこうです。
1、書かれたテクストの年代的な相違。
2、性差は性器を根拠としうるということ。

たぶんこのことはすでにいったと思います。
まず、年代的な相違ですが、このテクストが書かれた最晩年には去勢について語っている
ところはあまりないように思えるし、このテクストが書かれた84にも去勢について語っ
ていたところはなかったと記憶しています。少なくとも『芸術と死』とかで語ったような
やり方では語っていないように思います。これもすでに述べましたが、去勢されること
と、性器がないということは違います。私は去勢とはある種の残酷さとして捉えるべきだ
と思います。しかし晩年に彼が性器がないというとき、むしろ本来的な人間の身体がその
ようなorganismeを必要としていないという議論だったと思います。ちなみに同じ頃に
書かれた残酷演劇というテクストには次のようにあります。

Le corps humain a besoin de manger,
mais qui a jamais essaye autrement que sur le plan de la vie sexuelle les capacite incommensurables des appetits ?

ここでは食べるという器官の運動を性と結びつけていると思われますが、このcorps
humainは人間の身体ということですよね? ここら辺のテクストではcorps humainと
いう表現は頻出しますが、これはl'homme vraiと関連していると思います。

235 :175:03/11/11 10:55
そもそも>>227さんの質問がよくわかりません。なぜ「唯一者」という意味だと男性を指
すということになるのでしょうか? 私が問題にしているのは、hommeという表現に性
差を導入することの意義です。アルトーはそういう性差、つまりsexualiteを問題にして
いるのだから、これを男性というのはちょっと安易だと思います。もちろん、アルトーは
男性だし、女性差別をしていたかもしれない。しかしそれは別問題です。

ちなみに、170さんはたぶんデリダの『エクリチュールと差異』に引用されていたのをそ
のまま載せたのでしょう。翻訳を見てないのでわかりませんが、そこで「真の男は」とか
訳されていたのかもしれません。原文には「詩編」なんてタイトルはないので、たぶん
どっかの訳を見たのだと思います。

何か私の質問がことごとく無視されているので、また質問させていただきますが、227さ
んが「唯一者」と「男性」を結びつける根拠はなんですか?

236 :227:03/11/11 11:50
>175
馬鹿馬鹿しいので、スルーさせていただきます。
フランス語の le と un の用法について、もう一度、勉強し直してください。

>232のアドバイスに従うべきでした。
猿の脳味噌は、ほんとに・・・不味い・・・。んじゃ。

237 :175:03/11/11 12:12
失礼しました。
フランス語ができないことは申し訳ないです。
ただ、冠詞が意味を完全に規定するとはあまり思いません。
je ne suis qu'un homme
という表現はロワイヤルにのっていますが、
私は一人の人間いすぎないという意味らしいです。

定冠詞と不定冠詞の区別は概念が定まっているか
定まっていないかを規定するものであって、
意味を規定するものではないと思うのですが。
「男」と「人間」というのは意味の違いです。

そもそもなんでこの文が文脈を無視して
文法事項だけで判断できるのかわかりません。

238 :吾輩は名無しである:03/11/23 01:45

適当なとこで仕切りなおして
有志の方は再開してくださっていいですよ
といってもアルトーの読者はかなり少ないと思うけど




239 :アルトー復刊なるか:03/11/30 18:04
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20031129id27.htm

読め

240 :吾輩は名無しである:03/12/01 12:35
>>239
なるほどね。
しかし、
「私は昨日知ったのである
これはアメリカの公立学校で公けに行われている中でも一番驚くべきことで
たぶんそれが理由でこの国は進歩の頂点に立っていると思い込んでいる。
公立学校に新しく入ってくる子供に受けさせる試験や検査のなかには、いわゆる精水あるいは精液の検査があるようである、
これは、新入生たちから少量の精液をとり、それを貯蔵瓶に入れ
やがて行われる人工受精のあらゆる実験に備えようというのだ。
なぜなら、アメリカ人たちは、人手や子種が、ますます不足していると感じている、
つまり労働者ではなく
兵士が不足しているので
きたるべきあらゆる世界戦争を予想して
全力をあげ、手段をえらばず、兵士を作り、製造しようとしているのだ」

この感動的な電波部分を省いてたらチキンだな

241 :ハァ?:03/12/13 10:19

       巛彡彡ミミミミミ彡彡
       巛巛巛巛巛巛巛彡彡       
   r、r.r 、|:::::           | 
  r |_,|_,|_,||::::::     /'  '\ | 
  |_,|_,|_,|/⌒      (・ )  (・ )|     ハァ?
  |_,|_,|_人そ(^i    ⌒ ) ・・)'⌒ヽ  
  | )   ヽノ |.   ┏━━━┓| 
  |  `".`´  ノ   ┃ ノ ̄i ┃|  
  人  入_ノ´   ┃ヽニニノ┃ノ\   
/  \_/\\   ┗━━┛/|\\
      /   \ ト ───イ/   ヽヽ
     /      ` ─┬─ イ     i i
    /          |      Y  | |











242 :吾輩は名無しである:04/01/08 21:26
ヴァン・ゴッホ

243 :スナフキン:04/01/09 10:27
雑誌「肉体言語」のアルトー特集持ってます。

244 :吾輩は名無しである:04/01/15 21:02
『貝殻と僧侶』がミテミタイヨー

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