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♀百合制作文芸スレッド♀

1 :百合の啓蒙普及運動:02/08/31 03:28
いろいろなジャンルメディアでどちらかと言えば不遇な
百合(女性同性愛)小説を語りたい人々よっといで
つくりましょーつくりましょー百合百合小説つくりましょ〜

267 :名無し物書き@推敲中?:04/02/03 13:44
「何しているの」
「洗顔」
 一言言い放つと、首筋を愛撫していた指を胸へと持っていく。
「あ、こら!」
「お姉ちゃんにまかせて」
「……知らない」
 ぷいっと顔を背ける。苦笑しながら、私は豊かに膨らんだ胸を周りから少しずつ撫で回す。
「……どう?」
「……知らないもん」
 そっぽを向いたままだが、恥ずかしそうに頬を桃色に染めている。
 そんないじらしい様子に、自然と笑みがこぼれた。
「……気持ちよくない?」
「……わかんないもん」
「そう……」
 クルクル、胸の上で指を踊らせる。 
 何度も何度も繰り返すうち、少しづつなずなから力が抜けていった。
「いい感じ……」
「ん……」
 なずなの唇から、熱のこもった吐息が漏れる。
 次第、次第に震えはじめる肢体を押さえ、執拗に繰り返す。
 その度なずなは甘い声を鳴らした。
「ふぁ……ゃ……ん……」
「かわいいわ。なずな」
 いつも言えない言葉が、自然と口をついて出た。
「おね……ちゃ……」
「だからもうちょっとだけ……」
 桜色に染まる乳首に指を当て、そっと摘んだ。
 優しく、微かに力を込めて。クニクニと二本の指で回す。
「ふにゃん……っ!」
「ふふ?」

268 :名無し物書き@推敲中?:04/02/03 13:46
「や、やだよぉこんなの……」
「嫌?」
 首筋を舌でたどりながら、私は首を傾げた。
「痛い?」
「そ、そうじゃなくて……なんか変な感じ……」
 ふぅん……。
 私は内心高笑いをしながら、妹の胸から指を離す。
「じゃ、やめていい?」
「う……」
 もじもじとなずなは身体をくねらせ、
 首を横に振る。
「止めちゃ……イヤ」
「よしよし」
 くる、となずなの身体をこちらに向ける。全身の裸体が、私の正面を向いた。    
「やっ……!」
「って、こら隠さない」
 慌てて胸を覆いそうになるなずなの手を両腕で抑え、開かせる。
「や、やだ! お姉ちゃんの馬鹿ぁっ!」
「馬鹿馬鹿いう子にはお仕置き」
 なずなの胸に顔を近づける。近くで見ると、さらに大きな胸だった。確か巨乳っていうんだっけ。
 ペロ。
 乳首に舌を這わし、全体を丹念に舐め上げる。
 チュ……チュル……チュパ……。
 湯船のお湯を舐め取り、代わりに私の唾液でなずなの肌を染めていく。
「だめだよぉ……」
「駄目じゃないでしょ? ほら」
 弱々しい拒絶。力が抜けていくなずなの手を私の背中に回し、なずなの身体をぎゅっと抱きしめる。
「もう少しだけ……」
「う、うん……」
 なずなから零れる息。私は深く息をつき、そして。

269 :名無し物書き@推敲中?:04/02/03 13:48
 キス。
 私となずなの唇を、一瞬だけ重ねた。
「え……?」
「……こういうときは、ね」
「……お姉ちゃん……」
 ほんの一瞬のキス。
 甘くて、切なくて、柔らかくて。
 火傷しそうなくらい、爛れそうなくらい、蕩けそうなくらい、それは熱い。
 熱くて、心の情炎のように私を満たす――昔と同じ、変わらぬなずなとの接吻だった。
 

「いと暑し」
「おねーちゃん、床に寝転がるのやめなよーー」
 ぐてー。お風呂から上がり、ただの屍のようにフローリングで寝転がる私に、妹の叱咤が飛ぶ。
「日本茶とジンジャーエール、どっち飲む?」
「胡椒プリーズ」
「日本語と英語が反対になってる……」
 ペットボトルから二つあるコップに移し、ジュースが手渡される。
 そのまま蓋をしめ、ジンジャーエールは冷蔵庫にしまわれた。
 私はコップを取り、ゴクゴクと飲みながら、
「そういえば貴女、ファーストキスって覚えている?」
「え? ううん、多分さっきのが初めてじゃないかな……」
「そう……」
 無理もない。あの頃は、何も知らない少女だった。
 わかってはいたけれど。少し哀しく、空のコップを指で倒した。
「……」
「なんてね」

270 :名無し物書き@推敲中?:04/02/03 13:49
 微かに、妹は微笑む。
「初めてじゃないよ、多分」
「え――?」
 妹は、何か思い出すように天井を見上げる。
「覚えてないけど、昔とても好きだった人とした記憶あるんだ。もう、忘れちゃったけど」
「……」
「好きだったけど……傷つけちゃった……だから……忘れたんだと思う……」
「覚えては、いないの……?」
「うん」
 妹は、寂しげに笑い、うつむく。
「きっと覚えているのは……その人のためにならないから」
「……」
 そっと起き上がり、妹の髪を撫でる。
「そうね……。……そうかも、しれないわね……」
 不思議そうに見上げる妹に、笑いかけた。
「じゃあ貴女が大きくなって結婚するまでは……せいぜい護ってあげるわよ、なずな」
「……」
 妹は、なずなは私の言葉に微笑み、
「うん、お姉ちゃん!!」
 
 大きく頷いた。

271 :名無し物書き@推敲中?:04/02/03 14:00
設定。(これがないとサッパリ……)
主人公は昔、妹(なずな)によって廃屋に閉じ込められ、錆びた五寸釘で
犯された過去がある。そこで一度発狂し、そのときの記憶を失った。妹は
そのことを覚えているが、主人公に嫌われたくないため言わない。主人公のことが
好きだが、そういった負い目から近づけず、また、主人公にいつ真実を知られるか
わからないという恐れから、主人公の気持ちも気づいていない。

272 :名無し物書き@推敲中?:04/02/04 23:54
すごく良かったです!
設定がわからなくても、やりとりが可愛らしくて
お風呂場のシーンもドキドキでした。と、
読むのがもったいないぐらい良かったんですが、
そんな物々しい過去があるなんて……


273 :名無し物書き@推敲中?:04/02/05 21:23
>271
乙。読んだよ。
家に2人だけになる展開とか、風呂場のシーンとかエロくてイイね。
主人公がクールに見えて、意外と軽いというかノリがいいのも面白かった。

設定だけど、記憶を失っているのはなずなではなく主人公なの?
その割には、主人公は昔になずなとキスしたことを覚えているみたいだけど。
主人公はその「廃屋に閉じ込められ〜」という記憶だけ失っているってことかな?

しかし、主人公の名前が瀬理で、妹の名前がなずなか……
すずなって名前のキャラも登場キボン(w

274 :名無し物書き@推敲中?:04/02/11 18:48
ハコベと御形もキボン。苗字は鈴代で!

275 :名無し物書き@推敲中?:04/02/14 23:16
せりが変な奴でいい。続ききぼん!

276 :春風の指輪:04/02/16 01:33

 その夏の空は、いつにもまして照り輝いていた。
 私の頬もチリチリと、日差しが焼いていく。
 8月30日。
 夏休みも、もう終わりだった。
「長いようで短い……か」


『ザアアアアアア……』
 止むことのない雨。
 私は空を見上げ、止むのを待っていた……かもしれない。
「……」
 雨が止む気配は無い。
 雨が止む気配は無い。
「……」
 体が、冷えていく。
 寒い。
 凍えるように、寒い。
 心の芯に、染み込んでくるように。
 まるで。
 私の身体が、雨にとけていく ように――。

 いつまで待つのだろう。
 いつまで待てばいいのだろう。

 まるで世界に 一人しか いない ような。
 孤独感。
 そう……寂しいって
 言っているのに――。


277 :春風の指輪:04/02/16 01:35
・・・

 ふと。
 私は、振り向いた。
 滑らかな音色。春風。
 そこに立つ、少女、一人。
 蒼黒の髪に、降りつる雨が伝い、流れる。
「……大丈夫……ですか?」
「……」
 差し出される、手。小さな手。
 ポツ、ポツと雫がその甲に落ちて、叩いていく。
 少女は。
 自分の小さな傘を、私に差して。
 自分が濡れていくのにも構わず、微笑み。
 手を、差し伸べる。
「……」
 温かい、手のひら。
「ありがとう……」
 自然と、口を出る、呟き。
 少女は少し驚いた顔をして。
「どういたしまして」

 温かな、部屋だった。
「今日は……両親は、出かけています」
「そう……」
 タオルを借り、頭を拭く。
 それでもポタポタと幾滴、水がカーペットに染み込む。
「あ」
「いいですよ、それより」
 ベッドに腰掛け、少女は不思議そうに尋ねた。
「どうしてあんなところに? 由葵先輩」

278 :春風の指輪:04/02/16 01:36
「私のこと……」
「知っていますよ。中等部の、クールでスポーツ万能の生徒会長。でもあんなところでクールになる必要がありますか?」
「……」
 少女は困ったように頭をかく。
「あの……」
「哀しいことが、あった……と思う」
 一言だけ。私は呟いた。
 それが限界だった。
「……」
「ごめん……変なこといって」
「いいえ……いいえ」
 少女は、静かに、私の言葉を聞いて。
 優しく、まだ拭き取られていない目尻の雫を指先でぬぐった。

・・・

『先輩』
『……どうしたの、朱姫』
 おずおずと声をかけてきた後輩の頭を、そっと撫でる。
『先輩……私のこと……好きですか?』
『……』
 呆れたように、溜息をつく自分。
『何度言わせるの?』
『……』
『嫌いよ。大嫌い。いつも私を苛立たせて、焦らせる子なんか……ね』
『……すいません』
『そこ! 謝るところじゃない!!』
『はいぃぃぃ……』


279 :春風の指輪:04/02/16 01:37
「……」
 夢を見ていた。
 それが過去であることは、私が夢から覚めたことを意味している。
「朱姫……?」
 それが誰であるのか。
 このときの私はまだ、知らない。  

 朝。
「おはようございます……昨日は眠れましたか?」
「う、うん……」
 ベッドから身を起こすと、すでに少女は朝食の準備をしていた。
 エプロン。三角頭巾。
 この上なく家庭的な格好だ。色々な意味で。
「それで? 何を作るの?」
「いえ……照り焼きとムニエル、どっちがいいですか?」
「……照り焼き」
「はい。じゃあ後はー、豚汁とサラダと……」
 レシピは家庭科の本。
 いまどきこんな子、珍しいと思う。
「えーと分量は……」
 適当でいいのに。
 それが料理に込める『愛情』なのだろうか。
「……」
 どうでもいいけど。
 お腹空いた。
「もうすぐ、出来ますから」
「本当?」
「本当ですよ、えーと……」
 ぱらぱら。家庭科の教科書を見る。
 時間確認。

280 :春風の指輪:04/02/16 01:38
「あとよんじゅう……」
 何故か言いよどむ。
 私はもう一度聞いた。
「本当?」
 少女の笑顔が引きつる。
「多分……」
「……」

「いっぱい食べてくださいね」
 五人前の料理が並ぶ。
 ものの見事にレシピ通りの四十五分後。
「食べるけど……悪いね。泊めてもらった上、ご飯まで……」
「いいですよ、それに」
 うつむいて、顔を赤らめる少女。
「こうやって……私の手料理食べてもらえるの……夢でしたから……」
「……」
 なんだか妙に気恥ずかしい。
 私は黙ってご飯をかきこんだ。
「……」
 見れば、少女はじっと私を見ている。
「?」
「おいしいですか?」
「う、うん」
「よかった……」
 パッと顔を輝かせる少女。
 どき。
 これは……かなり可愛い。私のど真ん中、ストライクゾーンだ。
「な、名前……聞いてなかった」
 せめて名前だけでも聞いておこう。

281 :春風の指輪:04/02/16 01:43
 だが、予想に反して少女は首をかしげた。
「名前……知りませんか?」
「え?」
「おかしいな〜〜確か一度いったはずだけど……」
「ええ?!」
 初耳だ。確かに私だって初等部まで、全員覚えているわけではないが、それでもこんな可愛い子を忘れるはずないけど……。
「う〜ん」
 少女は少し考え込み、
「じゃあ思い出してください。そうしたら、私も大事なこといいます」
「う、うん」
 少女の言葉に、すこしだけ期待したのは……。
 しょうがないことだよね。

・・・

「やっぱり、夏休みは気が楽でいいですねーー」
「うん」
 二人連れ立って、街まで出る。
「先輩? 浮かない顔してますね」
「暑いからかな……雨が上がったせいか、凄く暑い」
「……そうですか?」
 ミンミンと、どこからかセミの声。
 頭に熱がこもり、足元がおぼつかない。
「……」
 それとも。
 この、足元が陽炎なのか。
 ふらふら、ふらふら。
 揺れている。

282 :春風の指輪:04/02/16 01:44
「……」
 少女は私の顔を覗き込み、
「そうですね……少し休みますか……?」
 暑い。熱い。
「うん……ごめん……朱……」
「え?」
 クラ、と少しだけ倒れ掛かった……気がした。
 だけど身体は止まらず。そのまま、地面に倒れ込む――。
(……あれ?)
 柔らかな手が、私を支えた。
(この感触……どこかで……)
 安心したせいか、一瞬のデジャヴュを追いかける間もなく私の意識は薄れた……。

『先輩、ほら掴まって』
『元気ね……あなたは』
 私は朱姫の肩に、そっと手をまわす。
 そのまま背中に朱姫の手がまわり、私を担ぎ上げる。
『よっと』
『……重い?』
『え? いやいやそんなことはありませんよ、はい』
『……』
 嘘だ。私は直感した。
『重いなら、降ろしてくださっても結構ですことよ。王子様』
『もう……先輩』
 呆れたように溜息をつく朱姫。
 子供みたいに意地をはる私。
 夏の1ページ……。

283 :春風の指輪:04/02/16 01:45

「!」
「あ、起きましたか?」 
 私の顔を覗き込む逆さの少女。いや、むしろこの体勢は……。
「ひ、膝枕……」
「はい。先輩の寝顔、拝見させていただきました」
「……」
 情けない。
 年下の女の子の前で倒れて膝枕。その上寝顔まで見られているとは。
「どうですか? 調子は」
「ええ、とっても会長」
「……」
 ただのダジャレ。
 そんなに固まらなくてもいいと思うのですが?
「ごほん。気を取り直しまして、先輩。本当に大丈夫ですか?」
「ええ……暑さには弱くてね……」
「……」
 それでも、ここまで弱くはなかったと思うのだけれど。
「疲れているみたいですね、先輩」
「?」
「きっと……何か、あったのでしょう」
「何か?」
「思い出したくない……思い出せない、辛くて哀しいこと」
 辛くて……哀しいこと?
 覚えていない……それとも、思い出せないのだろうか。
「じゃあ、今日は……」
「ええ……」
 でも。
 どうして、あなたまで、哀しそうな表情をするの? 
「……」

284 :春風の指輪:04/02/16 01:47
「先輩?」
「もう少しだけ、一緒にいましょう」
「え……」
「駄目……かしら」
「いいえ……いいの……ですか?」
 私は、うなずいた。
「せっかくの天気だし……映画見て……ショッピングして……お昼一緒に食べて……」
 まるで約束をしていたように、自然と言葉が出る。
「一緒にお話して……日が暮れても……あなたの家でお話して……」
「せん……ぱい」
 私は、すこしだけうつむいた。
「明日もまた……一緒にいようって約束して……」
 それは。
 ただ一つの、願い。
「付き合って……くれないかしら……」
「……」
 少女は。
 コクン……とうなずいた。
 
・・・

 夜。
「ん……」

 夏休みが始まる。
 通信簿を受け取り、私と朱姫は二人、並んで帰っていた。
『先輩。夏休み、空いていますか?』
『……空いていないわ』
『そう……ですか』

285 :春風の指輪:04/02/16 01:48
『なに残念そうな顔しているの』
『だって……』
 不安に顔を曇らせる朱姫。
 私は肩をすくめた。
『あなたがどれだけ嫌がっても、夏休み中、私はあなたと一緒にいるからね』
『あ……』
 顔を赤らめる朱姫。
『はい! 先輩、大好きです!!』
『……私は大嫌いよ』

 帰り道。
『夏休みぐらい、私の手料理食べてくださいね?』
『……どうしようかしら……』
『腕によりをかけて作りますから! 前、先輩倒れていたし……ちゃんと魚食べてます?』
『……』
 先日、抱きかかえられて家まで運ばれたことを思い出し、顔を赤らめる。
『せ、せいぜい豚汁でも作ってみなさい!』
『はーい』
 クスクス、クスクス。
 朱姫は笑う。
『でも明日は、雨だそうですよ?』  
『そうなの?』
 夏休みの初日が雨、というのも少し不吉。
 そんな不安を振り切るように、笑う私たち。
『でも……今日から、一緒にいられますよね?』
『そうね……』

286 :春風の指輪:04/02/16 01:52
 
 つい、と。
 ふと、曲がり角を曲がった瞬間。
『?!』
 不注意だった。
 前から、巨大で黒い影。
 動けない。
 迫る恐怖に、ただ、動けない。
『先輩ッ?!』
 朱姫の声に我にかえる。
 でも――もう遅い。
 その車は、逃げようとする私の身体をまるで蟻のように轢き飛ばそうと――。
(逃げられない……!)
 私は、そう悟り、目を瞑る――。
 一瞬。
 蒼黒の髪が踊った。
『ッ!』

 そして 身体が 一度 大きく 震え。
 まるで 人形の ように 崩れ 落ちる。

『え……?』
『せんぱ……い』
 鮮血が散った。
 まるで華が、咲き乱れるように。
 朱姫という名の華が。
 まる で 消えて しまう かの ように。
 キシキシと、トラックに触れたまま朱姫の身体が、音を立てる。
 きゃあ、という誰かの叫びが遠くに聞こえた。

287 :春風の指輪:04/02/16 01:53
『なに……?』
 首をかしげる。こんなことが、あっていいはずがない。
『先輩……』
『ね……どうしたの……? あなた身体が……変……』
 ああ、こんな。
 両腕がなくて、身体が捻じ曲げられて。
 言葉を紡ぐたび、コホ、コホと紅の霧沫が散り。
『ごめんなさい……両手で止めようしたけど……無理で……』
『なにをいって……?』
 わからない。
 わからない。
 こんなの、わからない……!!
『先輩……ごめんなさい……』
『謝るところじゃない!』
 認めさせないで。
 これが現実だと、認めさせないで…っ…!
『ごめん……なさい……』
 でも。
 それでも、謝る朱姫。
『一緒に……いられない……』
『そんな、そんな……!』
 そんな言葉。
 私は、聞きたくないのに。
『ずっと……一緒だって……いったじゃない!!』
『先輩……』
『嘘つき! 嘘つき! 嘘つき! 嘘つき!!』
『そう……ですね……』
 朱姫の首が、僅かに傾いだ。

288 :春風の指輪:04/02/16 01:55
『明日は……雨だけど……その次の日は晴れだから……』
『……?』
『……二人で……映画見て……二人で……ショッピングして……私の作った……おいしいお昼食べて……』
 ああ。
 こんなときでも笑う、朱姫。
『一緒にお話して……日が暮れても……私の家でお話して……明日もまた……一緒にいようって約束して……』
『朱姫……!』
『もう……叶わない…夢に……なってしまいました……』
 朱姫の膝が、力なく崩れる。
 その潤んだ瞳を、私に向けたまま。
『ごめんなさい……先輩……』
 カシャン。
 まるで硝子の割れるような音と共に、身体が、崩れる。
 瞳が、光を失っていく。
『朱姫……ッ!!』
『私……先輩のこと……好きだった……』
 最後の、言葉。
 最後の、意志。
 最後の、心。
 最後の、朱姫。

 私が告げられなかった、言葉があった。

・・・

「……」
 そうか。
 やっと、気がついた。

289 :春風の指輪:04/02/16 01:56
「先輩……」
 少女――朱姫が、月明かりの下。
 はかない微笑みを浮かべて、立っている。
「それで、どうします?」
「……」
 どうする。
 望みは一つ、けれど。
「選択……出来ないでしょう……?」
「……」
 少女は困った表情を浮かべる。
「それでも……ああ、十分贅沢したわね。一日だけど、二人一緒にいて」
 確かに、幸せだった。
 それは夢の時間。
 いつか覚める、忘却のなかでの時間。
「先輩……」
「……」
 気づいてしまったから、もう時間がない。
 時間がない。
「ねえ……あなたは、どうだった?」
「……?」
「これまでの時間……私と一緒にいた時間」
 その「これまで」が、この一日だけではないことは明らかだった。
 少女の表情が、ほんの少しほころぶ。
「……幸せでした。大好きな人と一緒にいて、自分の作った料理食べてくれて、同じ部屋で寝て……」
 小さな、この静寂の中でなければ聞き取れない声。
「……まるで……夫婦みたいに」
 風が揺らぎ。少女の蒼髪を撫でる。
「そして……好きな人を護れた……」
 微笑。
「これを幸せといわずして、なにを幸せというのでしょう?」

290 :春風の指輪:04/02/16 01:56
「そう……」
 煌々と輝く月明りの中、微笑む少女は、誰より何より綺麗だった。
 私は。
「朱姫」
 その名を、呼んで。
 その小さく、細い背中に手を回して。
 温かい手のひらに、自分の手のひらを重ねて。
「……」
 風が吹く。
 季節外れの、春の風。
 二人を取り巻く、穏やかな風。
「……」
「っ……」
 抱擁。
 触れるだけの、キス。
「あっ……」
「ねえ、朱姫……」
 告げる言葉。
 告げなくては、ならない言葉。

「私……朱姫のこと、ずっと愛しているから……」
「先輩……」
 それは、誓い。
 いままでもこれからも。
 ただ一つ、ただ一人のための――想い。
 朱姫の瞳から、雫が一滴。
 その唇から、一言。
「……はい」

291 :春風の指輪:04/02/16 01:59
 かすれるような声。
「私も……由葵を……永遠に……愛しています……」
 誓い。
 誰に誓うでもない、それは一つの想い。
 たった一つの――、二人だけの。
 結婚の誓い。

 やがて。
 抱きしめている、身体の感触が、消えていく。
 不思議と、恐れはなかった。
 ずっと二人だと。そう、知っていた。
「……」
 沈黙。
 静寂。
 ただ、風が、風だけが動くもの。
「……」
 指先に。
 触れる、風。
 象る。
「……」
「……」
 対なる、指輪。
 刻まれた言葉は、永遠 絆。
 最後の風が去った。

 後に残されたのは。
 私。
 指輪。
 消えない、想い。


292 :春風の指輪:04/02/16 01:59
・・・
 
 8月30日。
 夏休みも、もう終わりだった。
「長いようで短い……か」
 また、明日から学校が始まる。
 朱姫のいない学校。
 それは限りなく違和感があり、あるときは哀しくなるときがあるかもしれない。
 でも。
 つながった、二人の想いは切れることはない。
 もう、忘れることはない。
 だから。
「……いこうか。朱姫」
 私は、笑顔で。 
 一陣の風と共に歩いていこう。


293 :名無し物書き@推敲中?:04/02/16 02:11
うわ、大事なところで欠落あり。
・・・
 安心したせいか、一瞬のデジャヴュを追いかける間もなく私の意識は薄れた……。

『……先輩……」
 ――……朱姫。
『夏ですね……せっかくの日曜日ですし、どこか行きます?』
『そうね。朱姫はどこかに行きたいの?』
『いえ、特には』
『じゃあ買い物に出かけましょうか……欲しいものがあったらいいなさいね』
『え? いや、そんな、悪いですよ』
『いいの。私があげたいだけだから』
『でも……』
『いいの!!』
 
 セミの声。
『ふう。少し暑いですね』
『そうね……』
 ひょい、と日陰に入る。
 夏休み前だというのにこの暑さ。猛暑はどのくらい暑いのだろう。
 気が滅入る。
『……ん?』
 ガラスのショーケースを見ている朱姫。
 私が覗き込むと、いくつか宝石の指輪が並んでいた。
『ジューンブライトの売れ残りですね』
『でもやっぱり高いわね……』
 七つ横並びの数字に目を見張る。

294 :名無し物書き@推敲中?:04/02/16 02:12
『……』
『欲しいの?』
『え、ええとその……』
 困惑して、小さく嘆息する。
『……そのうち』
『そうね……』
 私は軽く、笑った。
『結婚指輪かな?』
『え?』
『なんてね』
 私は呟き、呆気にとられる朱姫の前を歩く。
『せん……ぱい』
『ほら、別のところいくわよ』
『は、はい!』

 夕暮れ。

295 :名無し物書き@推敲中?:04/02/16 02:20
>>282の途中に入ります。

けっこう古い作品で、私の記憶が確かならば中古屋で「人形師の夜」の一巻を
買って読んだときに真似して書いたもの。時代的には2年前でしょうか。
ヒロインの名前なんと読むのかも忘れました(爆)。

296 :名無し物書き@推敲中?:04/02/17 16:40
>295
乙です。面白かった。
主人公は失恋でもしたのかなと思ったら、そういうことでしたか。
中盤からの展開がなかなか。ラストも綺麗にまとまってますな。
ハッピーエンドではないかもしれないけれど、こういう話も好きです。

>ヒロインの名前なんと読むのかも忘れました(爆)。
な、なんだってー(AA略
朱姫はあけ…み? 由葵は……ゆあおい?だと変だしなぁ。
ちょっと気になるので頑張って思い出してください(w

297 :名無し物書き@推敲中?:04/02/20 05:30
うわあ…
久しぶりに見たら、なんか、やたら高レベルな作品が二つもアップされてる。
七草のほう、既出の通り、瀬理のキャラが面白いし、そのキャラの一人称だからト書きまでダレずに読めました。
せりふ回しもいちいちツボで、私が少しダークなのが好みってことを差し引いても、文句のつけようが。
あえていえば、設定見て更に面白いって思っちゃったので、やっぱり本文中で、もちと分かり易かったらよかったかも。
でも、何となく想像はつく感じですが…

「春風の指輪」。せ、切ない。でも読後感さわやかで、ちと救われたかも。
短い短編なのに起承転結しっかりしてるし…。
残された指輪とか、風と共に歩くとかってあたりが、表現として好きだなぁ。
あと、指輪に関する小さなエピソードを入れてたり、せりふの反復の使い方もすき。

よかったら、また書いてくださいー。続きでも新作でも。


298 :名無し物書き@推敲中?:04/02/22 06:28
http://ex2.2ch.net/test/read.cgi/net/1077397760/

299 :名無し物書き@推敲中?:04/02/29 22:01
保守

300 :名無し物書き@推敲中?:04/02/29 22:03
保守

301 :某ブラックストーリーのパクリ。:04/03/01 00:27



 片田舎の街角で。
 馬車のいななき声が、耳に聞こえていました。
「元気でいてください。それから――」
 私は、見送り人の隣に坐る子犬を見ます。
 その子犬はあどけない顔をしていました。私がこれから、遠いところへ行くということが分かっていない
ように。その顔を見ていると、胸がツキンと痛みます。
 子犬の名前は、ペルチッセ。私の大事な子犬です。ふさふさの毛をした雌犬で、この土地で拾ってから、
一年近くも一緒に生活してきたのです。ペルチッセは大型犬で白い毛の種ですが、少し身体が弱く、いつも
見ていないと危ないところがありました。ですから私もこの子犬に対してはとても愛着があり、こうして
別れることは、他の誰との別れよりも哀しいのです。
 私は一年前、道で倒れていたこのペルチッセを拾いあげて、自分の部屋へと運び迎えました。
 部屋を上げて、餌を食べさせるとペルチッセはその後、私に懐くようになりました。それからずっと一緒
にいたのですが、この度私が遠くの都会に行くこととなり、身体の弱いペルチッセをこの地に置いていくこ
とになったのです。面倒は、隣に住む初老のお婆さんに任せることになりました。
「――がんばって」
 私がペルチッセの頭を撫でると、彼女は分かったのか分かっていないのか。いつもと同じように首を小さ
く上げて、くぅんと鳴き声を鳴らします。馬のいななき声よりも、それは私の耳に大きく聞こえました。
 私は馬車に乗り込みました。
 馬車は、すぐに車輪を回して、がらがらと、走り始めます。景色があっという間に通り過ぎていく、私は
今日、この街を出て行くのです。一度馬車の窓から振り返ると、ペルチッセの姿が小さく見えました。次第
にペルチッセの姿は離れていきます。私はペルチッセの姿が見えなくなるまで、見えなくなっても、ずっと
後ろを見ていました。

302 :某ブラックストーリーのパクリ。:04/03/01 00:29



 私の都会での生活は、あっという間に過ぎていきました。
 その間ずっと忙しく、田舎から手紙が来ても読む暇すらなかったのですが、しかしペルチッセを預けてい
るお婆さんの手紙だけはいつも読み、返信していました。送られてくるほとんど内容は田舎の状況や変化で
したが、たまにペルチッセのことが書かれていると、私の心はとても弾んだのです。
 けれどペルチッセがまだ私を探して街中を歩いている、ということが書かれていると、とても悲しくなり、
今すぐにでも田舎に飛んで帰りたくなる気持ちでした。つらい気持ちを堪えて、私は都会の鶏肉を買い、
ペルチッセに食べさせてあげて、と田舎へ送ったりなどしました。とはいえ時が経つにつれて、そういった
内容はなくなっていき、それがほっとする内面、少し残念にも思いました。
 私が都会に来てから、一年が過ぎました。

 ある日初老のお婆さんから手紙が届きました。その内容とは、「自分の目が老いて見えなくなったが犬の
ペルチッセが安全に手を引いてくれる。とても賢い犬だ」というものです。私は人の助けになるペルチッセ
のことを誇らしく思う反面、何故か胸が痛みました。そのときの手紙の返信に、何故かペルチッセのことを
書くことができませんでした。
 やがてさらに時も過ぎると、お婆さんからの手紙にペルチッセのことが書かれていることは、次第に少な
くなっていきました。私も、お婆さんからの手紙をあまり読まなくなりました。どうしてか知らないけれど、
私はペルチッセがお婆さんに懐いていることに、少し怒っていたようなのです。
 私はペルチッセのことを思わなくなっていきました。


303 :某ブラックストーリーのパクリ。:04/03/01 00:31



 都会の用事が人段落したときには既に三年が経過していました。
 田舎からの手紙を読むたび、日進月歩の様子に驚かされます。今あそこはどうなっていることでしょう。
ふいに私はペルチッセのことを思い出して、今の彼女に会いにいこう、と思い立ちました。荷物を軽くまと
めると馬車に乗り、私は田舎へと懐かしい思いにとらわれながら、都会を出て、田舎へ戻っていきます。
 ガタンゴトンという車輪の回る音は出かけたときと同じでした。私は馬車の中で夕焼けを向かえ、夜を
迎えて、いつしか眠っていました。そのとき夢を見たのかもしれません。
 目を覚ますと、すでに田舎の街の近隣にいました。馬車に揺れながら田舎の街につくと、街並みはだいぶ
変わっていました。私の馬車だけでなく、いくつもの馬車が走り、停場もたくさんあります。
 私はもとの家の近くで馬車を降りました。

 家の様子は変わっていませんでした。懐かしい家の前に立っていると、様々な音が聞こえてきます。子供
のはしゃぐ声や若者たちの声。鳥の鳴き声など、さまざまな音の喧騒が耳に飛び込んできます。そのとき、
静かに戸が開く音が聞こえました。
 私は、大きな犬と、犬に手を引かれているお婆さんの姿が目に止まりました。
 ――ペルチッセ。私がそう思ったとき、犬は一声大きくほえて、お婆さんを見上げました。お婆さんは
小さな声でペルチッセになにやら囁いたようです。ペルチッセは、お婆さんの手を離れて、トコトコと四足
で私の元へとやってきました。
「ペルチッセ」
 私が呼ぶと、ペルチッセは私の足元にすりより、何事か窺っているようでした。しかし私が誰だか分かっ
たのでしょう。嬉しそうにしっぽを振って、私の足をペロペロと舐めます。私がくすぐったさと心地よさで
笑っていると、お婆さんが私を呼びました。私がお婆さんのところへ向かうと、ペルチッセもお婆さんの
ところへ向かい、お婆さんの隣にちょこんと坐ります。なんとなく寂しさを感じましたが、別れて三年も
経過しているのだから仕方ないと思いました。


304 :某ブラックストーリーのパクリ。:04/03/01 00:35

4 

 お婆さんは私を喜んで迎え入れてくれました。
 スープやパン、野菜など懐かしい料理に囲まれながら、私はお婆さんに都会の話を聞かせます。お婆さん
は嬉しそうに聞いていました。私が話している間、ペルチッセはお婆さんの足元でスープを飲んでいました。
私がペルチッセのこれまでの様子をお婆さんに聞くと、大分ペルチッセは身体が強くなり、お婆さんにも懐
いたようです。私を探しに街へ出かけることもなくなり、いつもここでこうして一緒にいると聞きました。
 私はその晩、元の家で泊まりました。
 さて朝になり。私はせっかく戻ってきたのだから、田舎の人々にあいさつをしようと思い、お婆さんとペ
ルチッセと、三人で街へ出かけました。街は大分変わっていて、入り組んだ道に迷ってしまいそうでしたが
お婆さんに案内されつつ、いろいろな家を回っていきます。何件もあいさつをしていくうちにお昼になり
ました。お婆さんは何か食べよう、と市場へ向かいます。市場には大衆食堂がたくさん作られているのだそ
うです。私もそれについていきました。

 馬車が道をとても早く走っていました。私は慎重に、気をつけながら歩きます。轢かれたらひとたまりも
ありません。道端の小石なども飛んできて、危ないところでよけました。
 そのとき私はあっと息を呑みました。遊んでいたらしい小さな幼い女の子が、馬車道に入り込んでいた
からです。女の子は、馬車の目の前にいました。女の子がいることに気づかず、馬車は女の子に迫ります。
私はあまりのおそろしさに目を閉じて。そのとき、そして犬の吼える声が聞こえました。
 ペルチッセです。
 私が目を開けると、ペルチッセが猛然と女の子へ向かっていくのが見えました。そして、なんて鮮やかに
ペルチッセは女の子を助けたのでしょうか。女の子は馬車道の外へと押し出されて、ペタンと座りこみます。
ペルチッセは女の子が歩いていたところにいて――そして。
 馬の鳴き声と犬の鳴き声がしました。

305 :某ブラックストーリーのパクリ。:04/03/01 00:37
「ペルチッセ!」
 私とお婆さんはペルチッセの元へ急ぎます。ペルチッセは吹き飛ばされ、馬車道から少し外れたところに
うずくまっていました。そのふさふさの白い毛からは血が流れています。見れば肉が裂けています。
お婆さんはペルチッセの元へと近づき、その傷口に触れようとしました。そのとき、ペルチッセはよほど
痛いのでしょうか、唸り声を上げて、お婆さんを近づけません。あげくにお婆さんに噛みつこうとさえ
するのです。
「ペルチッセ」
 私は痛々しい姿のペルチッセに近寄ります。
 ペルチッセの唸り声が止みました。
「がんばって。ね、ペルチッセ」
 私はペルチッセの身体を抱え上げます。ペルチッセは哀れな、か弱い声で鳴きました。ペルチッセは、
私の腕を自分の歯に挟みました。けれど、噛み付こうとはしませんでした。私はペルチッセを抱えあげた
まま、病院に向かって走ります。
 ペルチッセは、私の手のなかで大人しくしていました。

 さて、その後ペルチッセの傷は次第よくなり、また元気になりました。
 さて、私はやがてまた、都会に行きました。もちろんペルチッセを連れて。
 ペルチッセは今、私の部屋にいます。そして、私が頭を撫でると小さく首をあげて、くうんと愛らしい
鳴き声を鳴らすのでした。


306 :名無し物書き@推敲中?:04/03/01 00:43
牝犬もの……かな。

307 :名無し物書き@推敲中?:04/03/02 11:03
ペルチッセが実は人間の少女とか? ……違うか。

308 :名無し物書き@推敲中?:04/03/02 22:51
ベルチッセはきっと
‘私’が大好きなんだね

309 :名無し物書き@推敲中?:04/03/11 21:41
すごく好きなんだよ
保守

310 :名無し物書き@推敲中?:04/03/11 23:10
age

311 :ある建築技師の話:04/03/12 14:40
 虹は七色というけれど、私は無限の色彩を見たことがあります。
 無限の色彩、それはあまたに鏤められた宝石の玉座。あなたの細い腰、赤石の唇に香油髪ふくよかな胸、
あなたは白の光に抱擁される世界の女王。孔雀の安楽椅子に腰掛けるときの美しい姿。無限の色彩、それは
あなたのいと尊い肉体。私はあなたと繋がっていたことを思い返し、どのような熱情であなたを愛したこと
でしょう。
 私は広大な大陸に住む中国人の中であなたほど美しい人を知りません。

 そして。
 シーフォーは詩を書きながら、列車の外を見たのです。窓の外を眺めたとき、彼女は故郷の思い人のことを
思い出しました。それは窓の外の茜色に、自分があの人を見つめる頬を想起したために。そして今もシーフォ
ーの頬は夕日に染まります。
 そのとき列車は音を鳴らしながら北の故郷へと向かっていました。今日中には着くでしょう。シーフォーは
再び筆を見つめ、藁の紙に薄黒色の墨をなぞります。シーフォーは中国人ですが、漢詩ではなく英語の詩を
書く人間でした。そして彼女は詩人ではなく、建築技師の職人でした。シーフォーの詩は一人の人間について
思う故に書かれるものであり、それはその人間への手紙に他なりません。けれど手紙に宛て名は書かれて
いませんでした。
 列車はシーフォーの身を揺らし、その度に文字も震えます。シーフォーは詩を書き続けました。けれど詩に
ある名前は、美しい名と書かれているだけであり、詩に語られるそれが何者かは分かりません。
 故郷に列車は着きました。シーフォーは降ります。

 最初に出迎えたのは、シーフォーの恩師であるチョンヤンでした。
 彼は北の地方の訛りを披露しながら、シーフォーのことを迎え入れます。随分会っていないため、彼の
黒髪には白髪が交ざりそのことが少し驚きとなりました。縞馬の髪の毛は、けれど賢人の頭に似合っている
気もします。

312 :ある建築技師の話:04/03/12 14:42
「元気かな」
「ええ、おかげさまで。こちらでは何か変わりがありましたか」
「いいや。田舎ではとくに目新しいことも起きんさ。皆相変わらず、だ。ところでシーフォー、何を持って
いるのかね。お土産にしてはずいぶん小さいのだが」
「見ますか?」
 シーフォーは恩師チョンヤンに自分の書いた詩を見せました。恩師チョンヤンが英語を読むと、次のような
一文が記されていることが分かります。

 我が愛しい人、人生の教師であり、お茶汲みの美味しい人。

「これは私のことではないね」
「はい。別の人のことを表しています」
 するとチョンヤンは笑い、シーフォーの肩を叩きます。シーフォーは詩を返してもらってから、恩師に尋ね
ました。
「ところでここにはあなたしか、いらっしゃいませんか?」
「ああ」
 それでは、とシーフォーは恩師と別れ、自分の家へと向かいました。

 道中、見かけたのは野菜畑です。黄金の作物が実り広がっていました。雨もほどよく降ったのでしょう、
水は穴に溜まり小鳥の囀りのように小さな音を鳴らしながら、田んぼへと流れています。シーフォーは
野菜畑の畦を踏み、靴を土で濡らしても自分の家へと歩いていきました。
 その野菜畑を抜けた時。牛飼いのモジュンがシーフォーに声をかけます。彼はシーフォーの家の二つ隣に
住む、村一番の大男でした。力自慢であり今も牛を従えています。昔の凄まじく荒れた目はこの数年で消え
失せ、代わりに大岩のような静かな光を瞳に湛えていました。
「シーフォー、帰ってきていたのかい」

313 :ある建築技師の話:04/03/12 14:43
「ええ。今日に列車で」
「そうか。ところで何を持っているのかな。俺へのお土産だと嬉しいのだが」
「では見てみますか」
 モジュンはシーフォーに手紙を受け取り、その英語に頭を悩ませながらも読みます。彼はかろうじて次の
ような一文を読み上げることができました。

 あなたは牛を脅かす、それほどに怖い人。けれど優しい。
 
「これは俺のことではないな」
「はい。残念ながら、あなたへの土産ではありません」
 すると彼は笑ってシーフォーの背中を叩き、彼女に詩を返します。
 やがてシーフォーは牛飼いと別れ、自分の家へと急ぎました。

 古いシーフォーの家は昔に彼女が設計したそのままになっています。戸は木造、屋根は藁。形は硬い材質の
円筒に柔らかな円錐が乗っているというものです。風の抵抗が少なく丈夫、窓はないけれど、光を屋根から
取り入れる特殊な構造をしていました。
 これはシーフォーが建築技師として最初に手がけた家の建築であり、外国の建築技法を真似た思い出深い
造りです。家具も円形のものに変えましたが、それは自分と思い人が力を合わせて造ったのでした。
 シーフォーは自分の家の前で一人の乙女に出会います。
 それは美しい人でした。艶やかな背筋。すらりとした清水のような黒髪。瞳は黒曜石の光を湛え、白絹の
頬を夕暮れに染め、どこか明るく光を身に纏う姿、まるで仙女が人へと転じたよう。
 そのどこか遠くを見ている瞳は、誰か人を待っているようです。シーフォーは誰だったのかを、その瞬間に
悟れませんでした。やがて乙女はシーフォーを認めると小走りに駆けてきます。
「シーフォー!」
 その声に始めて彼女が何者かを悟りました。
 幼なじみのシンレイです。シーフォーは駆けてくる彼女を抱きとめました。
「ただいまシンレイ」
「お帰りなさい、シーフォー。待っていたのよ」

314 :ある建築技師の話:04/03/12 14:44
 そういって、シンレイはシーフォーの肉体を抱きしめ返します。シーフォーはシンレイの美しい腰を引き
寄せ、互いの鼓動を伝え合いました。静かな心臓の動きを。吐息のほのかな温かさと薫。やがて二人は離れ
て、シンレイは瞳に浮かぶ雫を拭い、シーフォーを家の中へと誘います。
 シーフォーは誘われるまま、自分の家へと入りました。

「シーフォー、それは?」
 と、シンレイはお茶を煎れながら尋ねます。シンレイのお茶はシーフォーの母直伝の美味しいお茶であり、
それを味わいながら椅子に座って彼女は手に持っていた詩をシンレイに渡しました。それを一目見ると、
シンレイはわずかに瞳を開いて驚きます。
「詩かしら」
「シンレイ、英語を読めるの?」
「ええ。勉強したから。ええと……」
 シンレイは詩をすべて読みます。そして次の一文を歌いました。

 私はあなたを愛するがゆえに、彷徨っている。

「これは――」
「シンレイのことよ」
 と、シーフォーは言いました。するとシンレイは鈴の鳴るような声で笑います。
「うそつき」
「ええ? それはどうして」
「だって私は分かっているから」
 シーフォーはシンレイの言葉に、黙ってお茶を啜りました。


 夜は深く。シンレイも自分の家へと帰った頃、家の戸が静かに開きます。それからその戸を開いた人影は
椅子に座るシーフォーの顔に、少し驚いた様子を見せて。シーフォーは彼女に語りかけます。

315 :ある建築技師の話:04/03/12 14:46
「……お帰りなさい、お母さん」
「帰っていたの」
 白く美しい月明かりに照らされる人は、若さを失った白髪の老婆。彼女はシーフォーの母でした。母は
戸を閉めて、老いた足を床に滑らせながら、シーフォーの元へと近寄ります。それから彼女の頭を撫でると、
頬染めるシーフォーにそれきり興味を無くしたように寝室へと向かい。シーフォーは母を追いかけるとその
隣に並び、自分の書いた詩を渡しました。宛て名のない手紙は本人に渡されて。
 そして母はシーフォーを見上げます。
「これは?」
「お土産。一応ね」
「何が書かれているかを知ることはできないわね。英国の文字など、読めないわ」
 そういってため息をつく母はシーフォーの詩を懐にしまい込むと、寝床へと去り行き。シーフォーは母の
後ろ姿を見つめていました。母はそれから一度だけシーフォーを振り返り。
「……懲りないのね、あなたは。この数年離れていたのに、まだそのままなのかしら」
「うん。ごめんね」
 シーフォーは母の言葉に頷きます。
 母はそれきり。黙ったまま、夜の深い闇の中へと。

 建築技師は夜の風に歌います。
 金色の月。あなたの白雪肌、木造の部屋に余韻を残します。この私とあなたの家に。
 あなたの瞼が閉じようとも、私の瞳はあなたを見つめるために開き、真夜中の暗闇を見つめています、
また聞きながら。そして私はこの暗闇に酔うのでしょう。葡萄の酒よりも遥かに。
 あなたの寝息に胸を焦がす熱情を思いながら。

 それから。
 シーフォーは空に浮かぶ月を見上げて、今日は三日月なのだと知りました。
 大きいその弓は、美しい色をしていたのです。

316 :名無し物書き@推敲中?:04/03/13 00:06
シーフォーが好きなのはどっち〜!?
気になるーぅ

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